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7 反照




俺が忘れたのは、財布だった。
なんとなく手を突っ込んだポケットの中が空で、そう気付いたのだ。
「取りに行くか?」
そう訊かれ、咄嗟に待ってて下さいと言い残して教室へ駆け戻る。
でも、こんなことが前にもあったような気がして、階段の踊り場で失速した。


記憶は、すぐに甦った。
やはり今日と同じく「待ってて下さい」と言うと、丸井先輩はあからさまに面倒臭がって、「えーまじかよ」と言ったのである。
それでも待っていてくれた丸井先輩に追随して思い出した幸村部長には、情け容赦なく先に帰宅された。
けれど、それが寧ろ普通ならと、急に考えた。
そうすると、何だかんだ言って結局、俺は柳さんに一番甘やかされているのだろう。
自覚すると、案外複雑だ。
何を思ってあそこまで親身に勉強を教えてくれるのだろう。
今も、合理的で無駄を嫌いそうな先輩が、こうして俺を待つ意味は何処もない。
考えれば考えるほど、子供扱いされている気がしてならない。
そんなに俺は、幼いのだろうか。


教室に入って、自分の席に辿り着く。
俺の席は窓際だから、柳さんがいる場所も見渡せた。
たまに体育の授業なんかが見えるから、退屈しのぎに丁度良い場所でもある。
「あ、」
目を少し横に向けると、柳さんがこっちを見上げているような気がした。
気付いていないふりをすると、彼は俺が本当に気付いていないと思ったのか、すぐに目を逸らしてしまった。
「あー……」
目が合ったら面白いとか考えていただけに残念だ。
我に返って机の中の財布をポケットに突っ込み、今度は立ち止まらずに階段を駆け降りる。
長く待たせてしまったのに柳さんは笑顔を浮かべ、誰かのように文句を垂れることもなかった。
夕日が眩しくて、俺は目を細めた。
けれど、柳さんは表情をほとんど変えずに歩いていく。
そのこめかみを、汗が伝っていた。
後ろに伸びた影は、引き伸ばされたみたいに細長い。


翌日、柳さんは学校を休んだ。




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