main | ナノ
東雲 (乾柳)




初めて、彼の泣く声を聞いた。
その背中を抱くことも出来ず、ただ、立ち尽くした。
「っう、ひくっ…」
電話越しに聞こえる嗚咽に、身を抉られる様な罪悪感が湧き上がる。
慰めの言葉なんて思い浮かばず、「大丈夫だ」なんて定型句では彼を救えないことも充分に承知していた。
言ってしまえば、俺は無力以外の何者でもない。
たどたどしく、名前を呼んだ。
「れ、蓮二…」
「さだ、は…る…」
蓮二の声が震えを帯び、鼓膜を揺らす。
視覚から蓮二の存在は感じられないのに、声だけで可愛いと思ってしまう。
状況と相まってかなり不謹慎だが、可愛いものは可愛い。本人には「貞治はそんなな趣味があったのか」と呆れられるだろう。そんな現実を小さく憂いた。
「…っ、ふぁ…」
「蓮二、眠いんじゃないのか?」
「、っ…嫌だっ…まだ、切らないでくれ…」
怖い。
この一言を彼が押さえ込んだのは明白だった。
自分が他者と隔絶された空間に置かれて誰とも繋がりを持てない事が、恐怖の対象のようだ。
とりあえず、通話料金を気にしている場合では無い。
「分かった。いいよ、蓮二が寝るまで切らない」
「貞治…」
声だけでなくそれに付属した息を吐く音を電話が拾い、こちらに提供してくる。
それがただの溜息なのか笑ったときに漏れるものなのか、その判別はつけ難い。


その後途切れ途切れに思いつくまま会話をし、蓮二が静かに寝息を立て始めたのは、窓の外が明け方の空に変わる頃だった。
「…誕生日、おめでとう」
彼が自覚しているかは、また別の話である。



Novel
Site top


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -