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加速 (幸柳)




駅に着いた。
吐く息は白く、春は未だ面影すらない。
日はとうに落ち、人が疎らだ。
今は丁度、日付が変わった頃だろう。
ホームへ降りる階段から見えた背中に、何年も前の出来事がフラッシュバックする。
距離を保ったままで、小さく呼んだ。
「…精市…?」
「久々だね」
卒業して二年経ち、三年経ち。
そして更に五年の月日を隔て、俺たちは久しく会っていなかった。
理由など特に存在せず、会わなければいけない訳でも会う事が禁止だった訳でもない。
「蓮二…変わらないね」
「よく言われる」
「…何で、そんな顔するの」
「…そんな顔?」
「鏡見る?」
「いや、いい」
「そう」
精市が言った。
その時振り返ると、電車の接近を知らせるアナウンスと共に、電車のライトが見えた。
そしてその電車は反対側のホームに滑り込み、慌しく階段を駆け下りる足音が増す。
「ねえ」
「ん?」
「蜘蛛の糸って話知ってる?」
「…ああ」
「うちに絵本があったんだ。でも、あんまり好きじゃなかった」
「そうか」
あの手の話は嫌いなのだろうか。
俺の声と、電車が来ることを告げる放送の声が重なった。
「電車来るの遅かったね」
「時間が時間だからな」
「…蓮二」
「ん?」
轟音で精市の声が聞こえない。
そして彼は、電車がホームに入ってきて起こした風に目を細めた。


「精市」
「ん?」
「さっき、何て言ったんだ?」
「聞こえなかった?」
「ああ」
「じゃあ、いいや」
それからまた同じ返事を返し、車窓から見える街の灯りに目をやる。
夜の帳が下りた街を、最後の電車が速度を上げながら走っていく。


end



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