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5 揺蕩う




目が醒めた。
それから赤也に気付いて絞り出した声は、自分でも驚くほどに掠れていた。
保健室で寝ていて、誰とも喋っていなかったのだ。
すると、少し驚いた顔をしている赤也の目線が少し上に行く。
そして、彼はその目線の先を指差して言った。
「柳さん、寝癖」
「ん」
後頭部の跳ねた髪を抑える様に撫で付ける。
「直ったか?」
「直ってるっすよ。あ、鞄、これ」
ベッドの端に、赤也が鞄を置いた。
「…そんなに、重いか」
鞄を持ち上げた彼の所作に、口を開く。
「そりゃあ…何入れたらこんな重くなるんスか?」
「見たいなら開けてもいいぞ」
「じゃあ…」
勢い良く動かされたチャックが、大仰な音を立てて開く。
その中身を見た途端、赤也の表情が一変した。
「…毎日こんなに持って帰ってんスか?」
彼の言う「こんなに」とは、教科書類の数だろう。
「お前に比べたら、多いだろうな」
そう言って小さく笑うと、赤也は自分の鞄を開ける。
「…二冊」
二冊と聞いて、それが英語だと言う期待はしない。
「だからそんなに鞄が薄いのか」
「そうッスねー」
彼が両手で挟んで押すと、中身のない鞄は空気が抜けて薄く潰れた。
「…少しは勉強しないと、またどやされるぞ」
「分かってますけど…」
「なんなら、付きっ切りで見てやろうか」
冗談めかして言うと、赤也が真顔になった。
「…いいッス」
「そうか」
意外だ。
一応訊いてはいるが、こちらは彼の同意を前提に言っている。
俺の知らないところで何かあったのかもしれない。
漠然とした寂しさを覚えた。
「…柳さん、起きてて大丈夫なんすか?」
「あ、ああ」
「じゃあ、帰りましょー。送ります」
「…いいのか?」
「今帰る所だったんで、丁度いいっス」
「そう、か」
「立てます?」
俺の行動が遅いらしく、見かねた赤也が俺の腕を掴み、立ち上がらせる為に引っ張った。
「済まないな…」
「そんなのいいッスよ。帰りましょー」
笑った。
初めて、今日赤也が笑うのを見た。
それだけで嬉しくなる俺は、どうやらかなり単純らしい。
照明の紐に付けられたキャラクターのストラップが、揺れて宙を漂っていた。




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