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1204おめでとう




柳生に肩を叩かれたのは、校門だった。
三々五々登校する生徒は皆寒さに肩を竦め、マフラーをしたりと防寒に勤しんでいるが、柳生にはそんな様子が全く見受けられない。
「おはようございます。仁王くん」
「ああ、柳生か」
「…失礼しましたね、柳くんじゃなくて」
「いや、そう言う意味じゃのうて」
すると柳生は冗談です、と笑い、その直後にこう言った。
「ほら仁王くん、今日くらいしゃんとして下さい」
「ええじゃろ別に」
今日くらいって何だ、今日くらいって。
まるでこの冬の日が特別であるかのような口調だが、冬休みにも突入していない今、クリスマスにはまだ遠い。後二十日もあるのだ。
そんなことを疑問にしながら下駄箱へ向かう。校舎内の暖房と木枯らしの境目であるそこは、意外と暖かい。
「ああ、待って下さい」
靴を履き替えようとすると、何か思い出したように柳生が俺を呼び止めた。
「仁王くん、これを」
「何じゃ?」
「受け取って頂けますか」
差し出されたのは、文庫本サイズの四角い包みだった。
その落ち着いた色合いに柳生らしさを認め、今日は何の日かと思考を巡らす。
「では、私はこれで」
「え?あ、ああ…」
顔をしかめる俺を下駄箱に置き去りにする柳生は、やけに機嫌が良さそうだった。


「お、仁王じゃん」
上履きに爪先を突っ込んで歩き出すと、丸井が後ろから声を掛けてきた。
今日もガムに赤い髪と、クリスマスの夢の国の人混みにいても一発で見つかる容姿だった。
「おはようさん」
「テンション低すぎるだろぃ」
確かに指摘通りだが、いつものことである。
曖昧に返事をすると、丸井の視線が柳生から貰った包みに向けられたのが分かった。
「お前それ、誰から?」
「柳生」
「やっぱりなー。絶対本だろぃ」
「多分」
会話をしながら鞄を漁る丸井を眺める。
冷たい鼻先に、お菓子の匂いが鮮明だ。
「仁王、これ」
「え?」
「え?って、誕生日だろぃ」
「……プリ」
「だからこれ、やるよ」
「……ありがと」
丸井からプレゼントなんて珍しいと面食らいながら、リボンで口を縛られた袋を受け取った。
「そのクッキー俺が焼いたんだぜ、天才的だろぃ!」
「そうじゃな」
「だろぃ?…あ、ジャッカル!」
ジャッカルを追いかける丸井が嵐のように去っていき、改めてクッキーの袋を見る。
すると、マッキーか何かで書かれた黒い文字が見えた。
一体、何だろうか。


『俺の誕生日は4月20日』


来年祝えってか。
そう心中で呟きつつ、昇降口を後にして教室へ向かった。


三年の教室は三階だから、一階から階段を上がらなければならない。
「待て、仁王」
面倒臭いと思いながら歩を進めると、一階の階段の手前で真田に捕まった。
「…真田…」
「仁王。誕生日だそうだな」
「…ああ、そうみたいじゃな」
平静と無関心を装い、真田の強い視線から逃れるようにマフラーに口元を埋めた。
「大した物ではないが、受け取ってくれ」
「……」
意外な言葉に黙り込み、目を丸くして真田の手元を見遣る。
「どうした?」
「…いや、なんでもなか」
それから礼を言って、半紙を受け取った。
誕生日祝いに真田の書とは、人生初である。
というか、真田が俺の誕生日を覚えていたこと自体奇跡に近い。
確乎不抜の四文字は有り難く頂戴し、階段の一段目に足を掛ける。


「仁王、来るの遅いよ」
一階と二階の間の階段の踊り場で、上から声が降ってきた。
「…幸村」
手すりにもたれ、幸村は俺を見下ろしていた。その手には、掌サイズの小さな袋が握られている。
流石に、これで何か分からない程俺は鈍感ではない。
「仁王ほらいくよー」
「え、あ、ちょ、」
せーの、と幸村が言って、持っていた袋を宙に放った。
たった十段くらい、降りてくればいいものを。
そう慌てふためく俺を、幸村は快活に笑い飛ばす。
落下してくる袋をどうにか掌で受け止めて、手すりから乗り出した身体を戻した。
「それ、植えてみなよ」
見ると、背後に幸村がいた。
どうせなら、降りてから渡してほしかった。
「これ、種なんか?」
「うん。来年、いいものが咲くから」
「なんじゃ、いいものって」
「咲いたら分かるよ。ちゃんと世話してね」
じゃあ、と手を振り、幸村は階段を降りていく。
ずれたネクタイを直し、俺は三階へ向かう。


「仁王先輩!」
二階は二年の教室だ。
赤也はどうせ遅刻組だろうと思っていたが、廊下を駈けてくるその姿に足を止める。
「仁王先輩、昨日、シャーペンの芯切れたって言ってましたよね?」
「あー…」
右斜め上を見つめて二十時間ほど前の自分の発言を思い返すと、確かにシャーペンの芯は底を突いていた。
そして更に、新しくそれを買うことをすっかり忘れ去っていた。
でも赤也が今その話題を持ち出してきたということは、わざわざ丸井に借りる必要が無くなるかもしれない。
期待しながら、赤也の次の言葉を待つ。
「だからこれ、あげるっス」
差し出されたシャーペンの芯はコンビニのテープが貼られており、登校の道すがら購入したのだろうと察せられた。
受け取ると赤也はすかさずこう言った。
「仁王先輩、それ誕生日プレゼントってことでいいっスか…?」
「別にええよ」
「じゃあ、そういうことで!」
再び廊下を走っていく赤也の姿が教室に消えてから、歩き出す。
そういえば、蓮二を見ていない。
蓮二に限って休みはないだろうし、ただ見かけていないだけだと思うけれど。
のろのろと階段を上がり、B組の教室を目指す。
内部進学ができるせいか緊張感とは無縁な同級生達の喧騒に一歩、また一歩と近付く度に、背の高い蓮二の姿を目で探した。
が、一向に見当たらない。
真田のいないA組を横目に通り過ぎ、B組の教室の引き戸に手を掛ける。
「仁王、ここにいたのか」
文字にして並べると真田と大差ないが、それよりも穏やかで耳に馴染んだ声。
待ちわびていた蓮二の姿を確認しようと、声のした方を振り向く。
「探したんだぞ、仁王」
「じゃから、雅治でええって」
すると蓮二は申し訳なさそうに笑って、こっちの方が慣れてるんだと言った。
ならば仕方がないと引き下がっておくのも手かも知れないが、少しくらい強情になってみても良いだろう。今日は十二月四日である。
「参謀」
「ん?」
「名前で呼んで」
「に、仁王…それは…」
「ええから、早く」
「そ、それより今日、誕生日だろう?」
蓮二が逃げ道を見出し、話題を逸らしにかかる。
「…そうじゃけど」
納得がいかないまま答えると、蓮二はこう続けた。
「だから、お前が喜ぶものは何か、考えたんだ」
「ほぅ…」
「でも結局、思いつかなくてな……そこで、お前に決めて貰うのが良いと考えた」
「…何でもええんか?」
「ああ。一つだけ、何でも要望を聞こう」
「…例えば、今日と明日、何でも言うこと聞いてくれとか…そういうのでもええんか?」
「……常識の範疇ならな」
その言葉に分かったと肯くと、蓮二は少し安心したように相好を崩した。
後に起こることを予期して常識で予防線を張ったつもりだろうが、どうせあやふやになってしまうのは目に見えている。
とりあえず一緒に帰って、家に来て貰おうか。そしたらその後はもう、言うまでもなく非倫理的な時間の始まりである。
「に、……雅治」
思考を巡らしていると、仁王と言いかけ、躊躇った蓮二が名前を呼んだ。
「何じゃ?」
「誕生日、おめでとう」
そういえば、言われていなかったかもしれない。
ありがとうと返しながら、脳内で考えるのは専ら、日が暮れた後のことだった。


end



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