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無条件幸福




「蓮二、頼みがある」
やけに真剣な顔つきで弦一郎がそう言ったのは、昼休みだった。
彼の目は若干泳いでおり、珍しいこともあるものだと思いながら尋ねる。
「何だ、弦一郎?」
「今は話せない。放課後、部室にいてくれないか」
「しかし今日は部活がないぞ」
「分かっている」
そして彼は、だからこそなのだと続けた。
察するに、二人だけで話したいことがあるのだろう。
それにしても、これほど深刻な顔を、少なくとも俺は見たことがない。
「分かった。放課後、部室にいる」
「…すまない」
眉間の皺を更に深くする弦一郎に、その頼みを承諾した理由の内に好奇心が存在したことなど口が裂けても言えなかった。


そういった経緯があり、俺は部室にいた。
無論、目の前には弦一郎がいる。
そしてその彼は妙に落ち着きが無く、何か迷っているようにも見えた。
「…蓮二…その、だな」
言いづらそうに弦一郎が切り出す。
こちらから尋ねたい気持ちを抑え、次の言葉を待った。
が、彼はいっこうに動かない。
「弦一郎、大丈夫か?」
急かすような真似はしたくなくて、一言だけそう言った。
重大な相談なのだろう、彼自身決心がついていないように見える。
「あ、ああ…」
それから弦一郎は大きく息を吐き出し、再度俺の名前を呼んだ。
「蓮二」
先程よりもしっかりとした声音に、少し驚きを覚えて弦一郎を見る。
しかし、その後に彼が告げた一言は、優にそれを上回る衝撃を俺にもたらした。


「蓮二。お前が好きだ」
「…しかし、弦一郎…頼みというのは?」
他に言うべきことは山ほどあったはずだが、やっと捻り出した言葉がそれだったのだ。
「ああ。…俺と、付き合ってくれないだろうか」
「それが、頼み…なのか…?」
「ああ」
一体、弦一郎は何を考えているのだろう。
不毛すぎるではないか。
「…弦一郎…何故、俺なんだ…?」
少し震えそうになる声を落ち着かせようとしたら、かなり小さい声になってしまった。
けれど弦一郎は聞き取ってくれたようで、答えを返した。
「……お前が好きだからだ」
「弦一郎…」
唐突な頼みだ。
彼が言うのを躊躇うわけである。
「すまん、蓮二…」
その時の俺は、相当複雑な表情をしていたと後に知った。
俺と目が合うと、弦一郎は申し訳なさそうに顔を俯かせていた。
「…嫌なら断ってくれ」
更には忘れてくれても構わないと付け足され、胸が小さく痛む。
「弦一郎…」
「蓮二…」
「本当に…俺でいいのか…後悔しないのか…?」
「蓮二しかいない。後悔などせん」
「…男だぞ」
「分かっている」
さも当然のごとくそう言ってのける弦一郎の声に、迷いや躊躇の類は一切見受けられない。
一分ほど頭を働かせ、その結論からゆっくりと口にした。
「弦一郎。一つだけ、約束してほしい」
「ああ。何だ?」
「……捨てないでほしい」
言った直後、後悔に襲われた。
付き合ってくれという申し出に対する答えも兼ねていたのだが、伝わっただろうか。
重くは、なかっただろうか。
「蓮二」
「……」
まともに彼の顔も見れず、呼びかけに応じる言葉すら出てこない。
とりあえず取り繕おうと口を開いた、その時だった。
「無論だ。約束する」
「…げ、弦一郎…」
弦一郎の言葉に思考が停止しかけたまま絞り出した名前が揺れる。
すると弦一郎は距離を詰め、俺の肩を掴んだ。
「好きだ、蓮二」
もはや、頷くことしか選択肢は残されていない。
ほとんど俯くように、首を縦に動かした。
それとほぼ同時に体を強く引き寄せられ、バランスを崩したと思えば弦一郎の腕の中に収まっていた。
その腕に力が入りすぎていて苦しかったことには、触れないでおく。
弦一郎の背中へ手を回して抱き返し、一人口を緩ませながら彼の首元へ頬を寄せた。
カーテンの隙間から射す夕日が、床に一つの影を作っている。


end



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