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9 憧憬




その日の帰り、電車を降りて改札口を抜けた俺は、歩きながら携帯の画面を見つめていた。
画面に映っているのは、アドレス帳から引っ張り出した柳さんの携帯の番号だけど、電話を掛ける勇気が出ない。

今、電話を掛けて迷惑にならないだろうか。
寝ていたら、どうしよう。

そんな、自分らしくもない躊躇いが延々と続いている。
でも、毎日のように耳にするあの声を聞かないと、どうも落ち着かない。
どこか、小さな穴が開いたような気分になってしまう。
いつの間に、柳さんはこんなに俺の頭の中を占めるようになったんだろう。
ふと、幸村部長に言われたことを思い出した。

「赤也は、蓮二に憧れてるんだね」

いつだったかは覚えていないけれど、今年に入ってから言われたのだと思う。
俺の経験上、幸村部長が間違いを言ったことはない。
だから、きっとそうなのだろう。
これと言った根拠はないけれど、他に妥当な言葉も見つからないし。
俺は、柳さんに憧れているのだと思う。
そうやって自分で納得したとき、もう既に自宅の近くまで歩いていた。
あと百メートルくらいで、もう家が見える。そして、もう一つ角を曲がれば、柳さんの家が近い。
小学校が同じだったと知ったのは中学に入ってからだけど、学区が同じなら家もそこまで遠くはないのだ。





でも結局、俺は自宅の前で足を止めた。
更に少し考えて家のドアを開けると、家の中は誰もいなかった。
携帯の画面を待ち受けに戻し、ポケットへしまう。
それから、いつものように靴を脱いだ、正にその時。
「うわっ、」
ズボンのポケットで突然始まった振動に、思わず間の抜けた声を上げてしまった。
小刻みに震えてランプを点滅させる携帯を慌てて開き、誰かも確認せず電話に出る。
「もしもし」
「赤也…?」
疑問形ながらも俺を呼んだ声は、毎日のように聞いていて自然と耳に染み込んだ、あの声だった。
「…どうしたんですか?」
訊きたいことはあるのに思考がまとまらず、どうしたんですか、と尋ねるに留まる。

「いきなり、すまないな。…驚いただろう?」
穏やかな口調でそう言うのは、紛れもなく、一瞬だけ会いに行こうかと迷った、その人だった。



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