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「…柚麻?出掛けたのか?」

どれほど時間がたっただろうか。リビングから聞こえた声に顔を上げた。
まだ少しボーッとしている。長いことここにいたきがする。でも記憶がない。かといって寝ていたというかんじもしない。

俺は立ち上がって、涙を拭いて居間に戻った。

「竜也…」
「ああいた、柚麻、ビックリした」

どっかいったのかと思った、と言って抱きしめてくれた。とたんウズウズするような感覚が湧き上がる。
ああ、抱きしめてくれている、きっと竜也は俺に飽きてなんかいないはず。
ただ抱きしめられただけなのに、どうしようもない俺の心はトロトロと溶けてしまう。

「ずっといたよ」
「うん。そうだったんだな」
「ずっといた」

竜也と違ってね。
ドクン。心臓が悪く脈打った。

「そうだ柚麻、おやつ食おう」
「おやつ?」
「友達がさ、旅行行ってきたんだって。そのお土産。食う?」
「うん。」

それ、本当に友達?
俺はそれを食べたくない気がしてきた。

「…どうした柚麻、なんかちょっと、変だけど」
「ううん。大丈夫」
「そうか?」

変なのも当たり前だ。逆に聞きたいよ、どうしてそんなに普通なの?
用意してくるから、待ってて、と竜也は台所へ向かって行った。
残された俺は相変わらず立ち尽くし、ひとつ溜め息をつく。
信じられない、信じたくない。ポリポリと左手を掲げ頭をかいた。
そこで自分の左手首が目に留まって、それからゾッとした。

「……え」

なんだ、これ…。
手首にあるのは真っ赤で少し血の滲んだ横に一直線の傷痕。爪が深く食い込んだような痕だ。

「………っ!」

いつのまに、どうして?なにをいつどうしたらこんな傷がつくんだ?
反射的に顔を上げて台所の方を見やる。姿こそ見えないけれど、カチャカチャという食器の音が聞こえている。
竜也にはまだ見られていないはずだ…こんな変なの、早く隠さないと。グイと袖を引っ張って引き伸ばした。
ふと、傷に思い当たる節が浮かんだ。あれしかない…でもそれを思うと、更にゾッとする。自分が怖くなる。

さっき、玄関にうずくまっていた時だ。あまり記憶がないけれど、でも確かに、あの時に手首を傷つけた一瞬の光景が頭の片隅に残っていた。

なんで俺はそんなことをしたんだろう。
わからない、
どうして?
俺は自分のこともわからなくなってしまった。

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