13
翌日、二人で昼前にアパートを出た。
午後から講義だから食堂で昼食を済ませてから行こうという計画だ。
「はい、これ」
「え?これ…」
アパートの鍵を閉めた所で、宗介はカバンからもう一つの鍵を取り出して真人に差し出した。
「合鍵。もしまたバイト先で待たれたりしたら…やっぱり危ないし」
「もらっていいの!?」
「絶対なくすなよ」
真人はパアーっと顔を輝かせて鍵を受け取った。
「大事にする、嬉しい」
真人は鍵をぎゅうっと握りしめた。
手を繋ぎたかったけど、外は明るくて人通りも多いので諦めた。
「え、なんか珍しい組み合わせじゃん」
食堂で二人で昼食をとっていると友人が驚いた様子で現れて向かいの席に座った。
確かに人がいる所で二人でいる事はほとんどない。
しかも宗介といるときに真人に睨まれると報告してきたくらいなので、気になるのかチラチラ様子をうかがっている。
「俺、今度からは宗介と一緒にいようかなーって思って」
「ええ、なんで?」
「なんでも。ね、いいよね宗介?」
「え、まあ…いいんじゃない」
真人は宗介の腕をとって見せつけるようにニッコリ笑った。
その後の講義も、真人は今まで仲の良かった友達とは一言挨拶を交わしただけで後は宗介の横を陣取っていた。
「友達は大事にしたほうがいいよ」
「迷惑だった?」
「そんな事ない」
宗介の言葉に真人は複雑そうな顔をした。
学校でも一緒にいるのは一向に構わないけれど、突然のくっつき方に宗介は若干戸惑っていた。
宗介の機嫌をとっているかのようで、やり辛い。
講義を終えて、宗介は荷物をカバンにまとめた。
「俺はもう帰るよ」
「待って!一緒に帰ろ!」
「真人はまだ講義あったんじゃなかった?」
「うん、でもずっと出てたし今日くらい大丈夫だよ」
それ、ずるずると大丈夫じゃなくなっていくやつでは。
というツッコミは置いておいて、おとなしく真人をつれて帰ることにした。
まだ外が明るい。
「泊まっていい?今日。俺明日朝からだからさ…」
「いいよ。スーパー寄って帰ろう」
「うん!」
夕飯なににしようかな。
考えながら、横を歩く真人をぼんやり見つめた。
黒いリュックに黄色い定期入れが映えている。
宗介はそういえば定期入れを放置していた事を思い出した。早く使おう。
「俺が宗介と一緒にいるって言ったらさ、宗介の友達ちょっと困ってたね」
「そんな事ないと思うよ…驚いたとは思うけど。あいつ俺といる時真人に睨まれるって言ってたから」
「え、嘘?俺睨んでたかなあ…」
自覚ないんかい。
スーパーに入り真人がカゴをとった頃には、夕飯はカレーにしようと宗介は決心していた。
「宗介、俺とは浮気のボーダーラインが違うんだって言ってたでしょ?俺あんまり考えた事なかったけど…自分がされて嫌なことはやめようって決めたんだ」
野菜売り場で人参を選ぶ宗介の横で、周りの人に聞こえないよう気をつけながら小声で真人が言った。
「俺だったら宗介が他の人と会うのも寝るのも絶対やだし…ああいうアカウント持ってるのもやだなーって」
野菜、肉、カレールー…選びながら、宗介は黙って話を聞いていた。
宗介は、真人は性に関して縛られるのも縛るのも嫌いなんだと思っていたので少し意外だった。
「そっか。考えてくれてありがとう」
会計をしてスーパーを出る。
レジ袋は1つで済んだのに真人がやたら袋を持ちたがったので、持たせてやった。
周りに人がいなくなって、自然と真人の声もいつもの大きさに戻っていく。
「あとね!付き合ってるのに学校であんまり一緒にいられないのもやだなって思った。俺より友達の方が宗介と仲よさそうなのも嫌かもって」
ああ、それでか。
縛られたくないどころか予想を上回る独占欲を発揮しだした真人に思わず笑ってしまう。
「友達は、友達だから」
「うん、そうだよね…」
申し訳なさそうにうなだれるのが可愛くて、思わず頭を撫でる。
そんなに無理しなくてもいいよと言ってやりたいような、そう言って真人がどこまで気を緩めるかわからないのが怖いような。
まあ少しずつ、2人で歩み方を考えればいい。
アパートへと続く道には人がポツポツと歩いているけれど、宗介は構わず真人の手を握った。
「前なしになったあの泊まれる図書館ってやつ、行ってみよう」
「うん!電車乗って行くんだから定期入れちゃんと使ってよね」
「だね…」
真人は宗介の手を強くひいて、早足になった。
宗介も歩幅を合わせて歩く。
やっとスタートラインに立った気がする。
二人で過ごすこれからの事を考えると、嬉しい気持ちになる。
真人が合鍵でアパートに入っていく様子を宗介は後ろから見つめていた。
おわり
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