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真人はさんざん店内を物色した結果、やっとの思いで「これにする!」と掲げたのは定期入れだった。
「なんでペンがダメで定期入れはいいのかわからない」
「いいの!しょうがないじゃん探してみたら案外なかったんだから」
真人はムッと口を尖らせて定期入れを一つ宗介に差し出した。
革でできたネイビーのケースで、裏側には白い細い線で風船を持ったクマの絵が描かれている。
真人が持っているのは色違いの黄色だ。
「ちょっと可愛すぎない?」
真人には似合うかもしれない。
でも宗介にはこういう可愛らしい物は今まで持った事のないタイプの物だ。
真人は全く気にする様子はない。
「宗介って結構…あんまり表情変わらないでしょ?ちょっと近寄りがたいっていうか…だからそういうの持ってたらちょっとはいいかなって」
「何それ」
表情が読めないとか何考えてるかわからないとかは、言われ慣れている。
それは性格なのでどうしようもないし、何考えてるかわかってほしいとも思っていないけど…。
「ね、ね、だめ?かわいくない?それにあんまり派手じゃないでしょ?」
真人は眉を垂らして上目遣いで宗介を見上げた。
これは真人のテクニックか…?
「…わかった」
「やった!今日から使ってね!」
真人につられて口角があがる。
真人といると、宗介は表情豊かになる。
その後も真人は自由に買い物をして、宗介はそれに付き合った。
服が好きみたいで、あちこち入っては試着して宗介に感想を求めた。
途中、これってデートになっているのだろうかと心配になったが真人が満足そうなのでいいことにする。
「あーお腹空いた!しんじゃうかも」
「もうこんな時間か…ご飯食べに行こう」
「うん!」
真人はさんざん試着したわりに買ったのはほんの2、3着で、紙袋一つに収まっていた。
宗介は真人からその紙袋をそっと取り上げた。
真人はハッと宗介を見て一瞬取り返そうとしたものの、何も言わず前に向き直った。
別にこの程度の荷物、宗介に持ってもらわなくたってなんともないだろうけど、こうすべきだと思った。
というよりこうしてやりたくなったのだ。
「ご飯どうする?」
「うーん…焼肉は?近くにある」
「やったー!行く行く!」
「じゃあ次右曲がって」
歩きながら真人はまた今日観た映画の話をした。
そうとう気に入ったらしい。
交差点で宗介が右に曲がろうとすると、真人は構わずまっすぐ歩いて行こうとするので慌てて腕を掴んで引き寄せた。
「話聞いてなかった?右だよ」
「あ、ごめん」
真人はアハッと気の抜けた笑い方をして宗介の後に続いた。
「びっくりした、今引き寄せられたからキスされるのかと思った」
「……」
宗介はハアとため息をついた。
真人って思ったよりもずっと危なっかしい奴かもしれない。
店に入り席に着くと真人はすぐにメニューを見た。
どんだけお腹減ってたんだ。
真人は店員を呼んで、いくつか適当に注文した。
どうやらホルモンが好きらしかった。
「今日いっぱい歩いたから疲れたなあ」
「体力の衰えを感じた」
「えっもう?宗介って何か運動やってたの?」
「まあ…」
真人は宗介の事を根掘り葉掘り聞いてきて、自分の話もたくさんし始めた。
真人と出会ってから驚かされる事ばかりだったけど、こうして一緒にいると結構真面目で少し抜けている、普通の少年だ。
…多少、性に奔放なだけで…。
真人はたくさん食べるかと思いきや、体型維持しなくちゃいけないとかでそこそこで切り上げた。
ああやって写真や動画で相手を釣っている真人には体型維持は死活問題なんだろう。
店を出るともう空は真っ暗だった。
駅の方へ歩いていると、途中で真人はグイッと宗介の腕を引いた。
「うわっ」
「こっち!」
「そっちじゃないよ。真人って方向音痴?」
「違うって!ねえ、ホテルあっちにあるよ」
「ホっ…」
予想していなかった言葉にギョッとした。
慌てて真人を駅へ行く道へ引き寄せる。
「帰るよ」
「でもデートなんでしょ?やっぱホテル行かなきゃ」
「意味わからない。今回はそういうんじゃないから」
「わかってるけど…なんにもしなくていいからさ、ただ泊まるだけ。だめ?」
「いや、けど…」
宗介は戸惑いながら頭をフル回転させた。
ホテル行くとか考えてもなかった。
でも何もしないって言ってるし、泊まるだけなら…。
考え込む宗介の顔をグイッと覗き込んで、真人は渾身の上目遣いを繰り出した。
「まだ帰りたくない…」
「………」
連れてこられたホテルは白とベージュを基調としたシンプルで綺麗な部屋だった。
問題はシャワールームの壁がガラス張りでベッドから丸見えだという事くらいだ。
でもカーテンがあるから、これもまあいいだろう。
「ラブホかよ」
「逆に普通のホテルだと思ったの?」
「………」
もちろんわかっていた。
「俺先シャワーする!」
真人はさっさとシャワールームに走って行ったので宗介は荷物を下ろしてベッドに寝転んだ。
寝転ぶと急に疲れが押し寄せてきて、ウトウトと眠くなる。
隣から水音が聞こえる。
何気なく閉じていた目を開けると、カーテンは開いたままで素っ裸の真人の後ろ姿が丸見えだった。
「!?」
慌ててシャワールームに背を向ける。
なんでカーテン閉めないんだよ!
男同士だから?
いや、男同士ならなおさら真人は気にすべきところだ。
宗介は思考回路を追い払うようにギュッと目を閉じたが、結局うたた寝もできなかった。
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