※13回目のはじまりあたり





贄だよ、と彼は言った。その気取った口調とは裏腹に彼は俯いて泣きそうな顔をしていた。

彼、クジャは死ぬことが怖いらしかった。いや、多分いかに混沌勢といえど死ぬのは恐ろしいに違いなかった。
その証拠か自由気儘な混沌勢が全員揃ったとしても、誰も死について語りはしない。破壊や殺戮の話は嫌というほど出るのだが不思議と自身や宿敵の死を始め、個人の死について話をした事は無い。少なくともガブラスの前ではそうだ。
彼らにあるのは徹底的な絶望でしかない。混沌勢は皆他人からの干渉を極端に嫌う。だから本人が言わない限り、誰もお互いの死生観等語りもしないのだ。


ガブラスは混沌勢が嫌いだ。戦いの輪廻で何度かカオス神殿に集まり軍議(と言ってもそれは集まった者達が自分の言いたいことだけを言う幼拙なものだったが)に出たことがあるが、まともに共感出来た者などいなかった。
全員が世界を敵にしている連中だ。しかも細かい事に皆世界を目の敵にする理由が違うのだから話はまとまらない。だがガブラスは真面目な男だった。なんの収穫も無いとわかりながらも、混沌に属している以上軍議をサボることなど出来なかった。


13回目の戦いではガブラスと同じ世界の人間はいなかった。つまり、宿敵がいないのだ。別に宿敵しか狙ってはいけないという決まり等は無いのだが、混沌勢には暗黙の了解として他人の宿敵を攻撃することは禁じられていた。

そこでガブラスが宿敵として目をつけたのがシャントットだった。その小柄な愛らしい容姿とは裏腹に悪魔と呼ばれた大魔法使いだという。彼女もやはり宿敵には恵まれていなかったから、他の混沌勢と衝突する事も無いだろう。我ながらなんて気遣いができるんだ。相手は人間関係もままならない連中なのに。

軍議ではその事だけを簡単に言った。混沌勢はそれだけ言えば充分な連中だった。ある意味便利だ。やり易い。
だから、足早に解散した混沌勢から去ろうとしたガブラスをクジャが引き留め、尚且つ皆と離れた場所でこうして内緒話をするように話しかけてくるのは心底不思議な出来事だった。

「君も、このままもう戻らないんだろう」

そう言うクジャの目は何か覚悟をした者の眼だった。ガブラスは眉を顰める。嫌だなぁそんな顔しないでよとクジャが手をヒラヒラとさせながら言った。
クジャは相変わらず軽いし、何を考えているかわからない奴だ。自己中心的という言葉が一番しっくり来る男ではあるが、いかんせん混沌勢には自己中心的な人物が多すぎて、そこまで悪い奴にも見えない。
周囲の人間関係にガブラスが再び落ち込んでいる時に、クジャは言った。

「僕達は誰も戻りはしないんだ。そういう約束だったからね」
「約束?」
「そう。君は途中参加だったから知らないだろうけど、僕らは約束したんだよ」
「なにを、約束したんだ?」

クジャはその問いに答えようとはしなかった。沈黙したまま何も言わず、宙を見ては目を左右に揺らした。それは何かを考えている様にも、何か大切な事を思い出している様にも見えた。
こんなに、人間らしい感情をクジャが持っている事にガブラスは驚く。こいつは、ただのどうしようも無い殺戮者では無かったか。

「ガーランドはそれしか勇者が救われる道はないだろうってさ」
「どういう意味だ?」

突然のクジャの独白(少なくともガブラスにはそう聞こえる)にガブラスも声を少し荒げた。それは単に内容に驚いただけなのかもしれなかったが。

「暗闇の雲は小僧は威勢が良いのだけが取り柄だって言っていたよ。エクスデスもあやつの必死な姿だけは好ましいって言うしね」
「…ん、誉めているのか?」
「いや、皇帝は虫けらは働かせるに限ると言っていた。ケフカは元の世界でティナが人間達に囲まれて苦しんだらいいんですよ、だってさ」
「なんだ、結局嫌っているのでは無いか」
「さぁね、セフィロスは興味無いなとしか言わないし、あの魔女だってあの子にはあれしか選べないのでしょうねってぼやかすし」
「何が言いたいのか、わからなくなってきたぞ」
「そうさ、理由なんて皆違うからね。ゴルベーザに至ってはセシルが幸せであればいいと言うし、ジェクトもあいつが元気でいればいいって言うんだよ」
「祝福、か」
「あるいは呪いかもしれないね」

クジャは穏やかな顔をしてそう言い放つと、それまでの饒舌が嘘の様に何も話さなくなった。ガブラスは混沌勢の真意がわかりかけた気がした。
途端、クジャのジタンに対する想いも気になったがこれ以上この男は言わないとも思った。これまで語った混沌勢の宿敵への言葉がクジャの気持ちなのだろう。それを愛と言うのだろうかと、ガブラスは柄にも無い事を思う。

「なんだ、お前達いい奴らだっだな」
「いいや、悪人さ。そうでないと世界を滅ぼそうなんて思わないよ」
「善悪など、誰が決める」

咎めるようにガブラスがクジャを追求すると彼はいつものように皮肉な笑みを浮かべた。

「そうさ、だから僕らはあの子達を生かしたいのさ」

そうして何もかもを知ったような顔をして、世界から悪と呼ばれた存在達は世界のために死ぬのか。その不遇さを嘆けばいいのか、憤ればいいのかガブラスはわからずに、けれども混沌勢の最後の誇りだけは尊重するつもりで、沈黙を保ったままその場から足早に立ち去った。



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