臙脂色を基調とした広いリビングの朱いソファーに、壮年の女性が座っていた。多くの経験をしてきた彼女の整った眉は今は顰められている。落ち着いたその女性、レム・クナギリは報告書を再度開いた。
そこには夫であるマキナの写真が数点挟まれていた。写真はどれも旧ミリテス首都のスラムで撮られたものだ。指導者となったマキナはルブルムで実務を行うが、復興のため各地に頻繁に通っていた。レムがそれに同行する事もあれば、マキナ単体で世界を飛び回る事も多い。

マキナがクリスタルに頼らず必死に世界を復興する理由をレムは知っている。あの日、レムとマキナがもう一度生まれた日。世界が再生をした日。クリスタルから人間が解放された日。大切な仲間達が死んだ日。マキナは大声で泣いて、それから覚悟を決めた目をして前を見ていた。
マキナはその日から不安を捨てて生きるようになった。少なくともレムにはそう見えた。以前のマキナなら弱音を口にしなくても、言葉や行動の節々に不安が確かに見えた。けれどもマキナは妻となったレムにさえ一度も不安を見せる事は無かったのだ。それをレムは少しだけ寂しく思っていた。

問題は写真だった。最近のマキナの様子がおかしい事にレムは気付いていた。あの戦争の時とそれは似ていた。いやあの時よりは遥かに焦りも不安も無いのだが、こんなに落ち着かない様子はあの戦争以来だ。何かあるのだろうかと心配をしていた矢先に部下から写真を提出された。
そこに映っていたのは、子供を抱えているマキナと女性だった。女性の年齢は若い。子供の表情は見えなかったが、マキナは確かに嬉しそうだった。正直に言うと、ショックだった。
レムには子供がいない。大病を患い、ルシとして散った後でもこうして生きていられる事は奇跡としか言いようが無い。けれども健康な体を手に入れた彼女からは生殖能力だけが失われていた。マキナの子を産めない自分をレムは責めた。結婚した後にその事実がわかった事も、レムを責める原因だった。けれどもマキナはそんなレムを優しく受け入れた。レムが生きて傍にいるだけで俺は満足だよ、レムが寂しいのなら養子をとったらいいと彼は言った。
レムはその言葉に救われたが、養子を取る事は無かった。復興の忙しさに取る余裕が無かったとも思う。マキナは、子供が欲しかったのだろうかと今になって考えた。養子を取ればよかったのだろうか、それともこの女性に惹かれたのだろうかと嫌な考えは広がっていく。マキナを信じたいのに信じきれない自分がたまらなく嫌だった。

マキナが帰ってきたのはその夜の事だった。やはり落ち着かない様子をしたマキナが帰ってすぐレムの部屋にやってきて話があるとソファーの隣に座った。いつになく興奮している夫の言葉を笑顔で促すと、マキナは会わせたい人達がいると言った。
ああ、彼女と子供だろうとレムは直感的に悟った。いつかは来るであろうと思っていたが、こんなにも早く彼から切り出されるとは思わなかったので動揺が隠せない。そんなレムの手を笑ってマキナは取る。こんな穏やかな笑い方がマキナにできたのかとレムは戸惑った。


連れて来られたのは、一番大きな客室だった。レムより先にマキナが入り、部屋の中にレムをエスコートする。

「みんな…」

思わずレムは声に出していた。部屋には12人の少年少女達と1人の子供がいた。子供は写真の子だ。そして他の人物は間違いなく、レムとマキナがあの日失った仲間達だった。正装を着慣れていない姿は微笑ましかった。裕福な暮らしとはかけ離れているのだろう。眼には不安と疑惑が常に映り、肌や髪の艶も悪かったが、容姿は彼らそのものだった。その26の眼に見つめられ、レムはそれ以上の完全に言葉を失ってしまっていた。

「ミリテスのスラムで彼らと会ったんだ。両親がいないらしいから、僕達の養子にしようと思って連れて来た。なぁ、レムいいだろう?」

マキナは嬉しくてたまらないという顔をして、彼には珍しく口早に喋った。レムはもう一度彼らを見た。顔立ちこそ同じものだったが、彼らが愛だけでは無く、多くのものに飢えている事は一目でわかった。

「これからよろしくね。といっても、私もお母さんになった事が無いから緊張はしているんだけど」

手を差し伸べ、苦笑するレムに真面目そうな少女が口を開いた。少女は眼鏡こそかけていなかったものの、あの委員長気質は健在らしく今でも皆を代表して喋る様だった。

「どうして、私達を支援して下さるのですか。私達はしっかりした教育を受けているわけでもなければ、血筋がいいわけでもありません。貴方達が知らないような酷い仕事だってしてきました」

この子供達はどれだけ辛い経験をして来たのだろう。あの戦争の後だ。犯罪に手を染めていてもおかしく無い。マキナが世界を駆け巡っていても、涙を流す人は減る事が無い。けれど、隣のマキナはそんな事を気にしていないと言うようなはっきりした口調で言った。

「昔俺を救ってくれた仲間達がいたんだ。彼らは俺に道を作ってくれた。俺も君達のような若い世代に道を作りたいんだよ。それじゃあ理由にならないか?」
「…どうして、俺達なんだ?」
「困っている子供は放っておけないからな」

まだ金髪の童顔の少年はその答えに納得していないようだったが、口を噤んだ。隣にいる子供がよりかかって来たのが気になったのかもしれない。確かに子供が起きる時間にしては今は遅すぎた。正装を着され、知らない所に来た子供は疲れたのだろう。眼を細くしている。
子供の前にしゃがんだレムは眠い?と聞くと子供はこくんと頷いた。少し蒼みがかった黒髪の男の子を抱いてレムは寝室に連れて行こうと考えていた。

「貴方は名前はなんて言うの?」
「…クラサメ」

その眠そうな声から発せられた言葉を理解したマキナとレムの肩が大きく跳ねたのと、少年と少女らが思わずその動作に笑ったのも、また始まりの一歩である。




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