魔法によって足に傷を負ったフリオニールの視野に白い服が映った。ああ、懐かしい。この優しい人を俺は知っている。歴戦の戦士の心にとうとうと、暖かいものが流れていく。

「ミンウ」

思った以上に声が震えて恥ずかしい。フリオニールは常々大人にならなければと思いながら、この人の前では子供の自分から抜け出せた記憶が無い。
しかし顔を上げればそんな葛藤を見透かしたようにミンウは微笑むのだった。およそフリオニールが知る限りあの自分が生きる事に必死になっていた世界で、ミンウ程優しくフリオニール達に接してくれた大人はいない。

「ミンウ、どうしてここに!?」

異世界に同じ世界から召喚されたのは皇帝だけだと思っていたフリオニールにとって、ミンウの存在は驚きと喜びに満ちたものだった。
しかし、同時にフリオニールの心に不安が広がる。高名な白魔導師。フリオニール達を救った癒し手。フリオニールにはミンウのことが上手く思い出せない。正しくはミンウとの旅の記憶以外で接したミンウの事が思い出せない。
ミンウは常に笑っていた。旅では厳しさと時折見せた優しさが印象的だった。その微笑みは優しさの象徴だった。

「貴様、何を普通に出てきている…」
「フリオニールが傷付いたからね」
「だからといって召喚石から普通に出てくるな、世界観が壊れる」
「鉄巨人やモルボルが出ているんだ、私が出ても問題ないだろう」
「さらっと爆弾発言をするな。それより虫けら、感傷に浸るな腹立たしい」
「ミンウ、もう会えないかと思ってた!元気だったか?」
「堂々と無視か」
「私なら平気さ。さぁ、私の杖を受け取りなさい。そして私の分まで戦ってくれないか」
「嫌だ!なんでそんな事を言うんだ、俺達はこれからも一緒だろう!」
「フリオニール、別れは誰にでも訪れるものだよ」
「行かないでくれ、ミンウ。まだ恩返しもしてないんだ。まだ貴方から教わることがたくさんあるんだ…」
「フリオニール、君は強い人間だろう。大丈夫、君はもう一人で歩ける。前を見てその手でたくさんの人を救いなさい」

フリオニールが苦しそうに喚いてもミンウは静かに落ち着いたままだ。それがミンウの死を肯定しているようでフリオニールは恐ろしかった。元の世界に戻ってこの人がいないのはあまりに辛かった。

「ふん、何故正しく言ってやらないのだ。自分はフリオニール達に力を貸すために死んだと。お前達が弱いせいで死んだのだとはっきり言ってやればいい」
「ミンウ…本当なのか…?」
「それは違う。私は私のために、私の誇りや守りたいもののために戦った。その結果起こった事に嘆く必要はないんだ」
「詭弁だな。そうやって自分すら欺くのか」
「貴方も悲しい人だ。死してなお死にきれず地獄から舞い戻ってきたにも関わらず誰にも理解されることが無い。貴方は不幸から逃れることはできない、そうして自分を基準に生きる限り」
「黙れ。大体虫けらが怪我をするからこいつが現れたのだ。それでよく反乱軍を名乗れるな」
「なっ!怪我はお前がっ」
「貴方こそはっきり言えばいい。フリオニールに勝って生きて欲しいと」
「ほう…私はそんなことを思ったさえ無いがな」

皇帝がフリオニールで無く、真っ直ぐミンウの方を向く。それは普段と変わらず傲慢なものであったが、ミンウには強がっているだけのただの男に見えた。この男とて人間だ。怒りもすれば悲しみもする。すっとミンウが前に出た。皇帝は引き下がらなかった。

「だって貴方は死んでいるでしょう」

その言葉を聞いて皇帝が何も言わないので、フリオニールが本当なのかと叫ぶように言う。フリオニールは皇帝の事が嫌いだ。同情さえもできない。けれども死んで欲しいと思った事は無かったのだ。

「何を馬鹿な事を。私が死んでいるなど、何の根拠も無い話だろう」
「そうですか、けれど私はそうは思わない。貴方は自分の世界に帰っても、戻る場所が無い。だから貴方はそうして必要以上に生に執着する」
「執着しているのはどちらだ。貴様こそ死んだ癖にここに現れるとは相当生きたかったと見える」
「生きたかったさ。貴方だってそうでしょう」
「私は死んでないと言っているだろうが。だが」

2人の話について行けずに戸惑っていたフリオニールへ皇帝が魔法を放つ。飛んでくる火球を剣で全て叩き落とした。それをミンウと、何故か皇帝までもが満足気に見ている。その2人の大人に拍子抜けしたフリオニールは文句も言わずにぽかんと2人を見つめる。

「フリオニール、貴様は少しは情に流されぬようにしろ。一々そのような間抜け面を下げていては生き残れんぞ」

ぶっきらぼうにそう言う皇帝の隣ではミンウがくすくすと笑っている。素直じゃ無いなぁとその目は物語っていた。途端にフリオニールは泣き出したくなった。目の前にいる大人達は自分達が死んでいる事を知った上で、フリオニールに優しくする。その優しさがフリオニールには辛かった。
どうして一緒に帰ろうと言ってくれないのだ。どうして未来の話をしてくれないのだ。どうしてそんな俺の知らないような大人の顔をして2人とも微笑むんだ。

「どうして、お前までそんな事を言うんだ。お前は敵だろう…!」

絞り出したフリオニールのその言葉さえも皇帝はふんと聞き流した。なんで急にこんなに優しくなるんだ。皇帝のくせに。今からでも遅くないからこうして優しくしてやったのも策のうちだと憎たらしい顔で言ってくれないだろうか。今ならばこの胸の切なさも消せる事が出来る。けれども哀願するようなフリオニールの顔を見ても皇帝はだからその甘さを捨てろと言っているんだ虫けらめと言い捨てた。本当に、皇帝、死ね。





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