誰かが泣いている。海の匂い、ひんやりとした床と机。鳥の声。子供の泣く声。

泣かないで。泣かないで。

泣いている男の子と女の子。女の子が泣く女の子に寄り添う。泣かないで。泣きそうなもう一人の男の子。泣かないで。それを見る男の子と母親を呼んでくる男の子。慰める母親。貴方は男の子でしょう、泣いては駄目よ。女の子はいつでも凛としているものよ、泣いては駄目。泣いていたら淑女になれないわ。厳しい言葉とは裏腹の優しい声。優しい手。暖かい笑顔。まま先生。ママ先生。優しい魔女。俺達の母親。


 目が覚める。優しい夢。懐かしくて、甘い。目の前の、がらんどうの城はその夢の世界とはまったく違うのに、どこか懐かしい。それがこの城の主である魔女と自分の世界が同じだからか。剥き出しの歯車や聳え立つ柱の無機質さはあの家を思い出させた。


「目が覚めましたか、私の可愛い子。」

「…まま先生?」


 失言だった。言った後に気付く。言うべきでは無かった。しかし、その宿敵の魔女は静かな頬笑みさえ浮かべている。女性に言う言葉ではないが、気持ち悪い。そんなキャラではないだろう、お前は。しかし、ここは黙っておく。女性が怖いことは若干17にして知り過ぎている。本当に、リノア怖い。それ以上に愛しいけれど。


「ええ、まま先生ですよ。」


 笑う魔女。その深紅の口は半月を描く。自分の腕に鳥肌が瞬時に立つ。怖い。目の前にいる女性がとてつもなく怖い。しかしその恐怖の反面、その声や雰囲気の優しさがスコールを呑みこんで行く。そこにいる女性は、スコールの母親では無かったが、彼の育ての親である魔女や恋人である魔女を思い出させた。彼女らは迫害されながらも、スコールの傍で彼を愛し続けてくれた。一瞬、その優しさに伝説のシードは頷きかけた。しかし。

「…何を言っているんだ。」

 正気に戻ったのはスコールが先。魔女は笑う。その笑みは先程の母親や恋人が持つものではなく、娼婦や女王がするような、支配を孕んだ笑みだった。スコールは安堵する。もしも、この魔女が優しさをその身体に、腕に持っていれば斬るのをためらうかもしれない。

「言ったでしょう、スコール。私の愛しい子。私は魔女だけれど、貴方の愛した女性も、貴方の母親も魔女。私にも彼女らと一緒で、温かい血が流れているのですよ。」

 その腕を上げて、振るう。それと共に向かってくる幾つもの刺をスコールは剣で受け止め、弾く。どこまでも、魔女は魔女だった。

「…俺の知る魔女は、皆お前と違って優しかった。優しくて脆かった。」

魔女は笑う。時間を支配した魔女は、悩みや葛藤さえも食べてしまった魔女だった。





優しい魔女





それなら私は駄目ね、魔女は笑って満足そうにつぶやいた。


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