※3かんべエンド後です



目を開く。血生臭い、硝煙に塗れたあの戦場ではない。斬られたはずの身体は痛まず、衣服が少し泥にまみれているだけだ。これが、あの世かと思った。聞いていたものと違って案外シンプルだ。目の前には何も無い、ただ真っ白な空間が広がっている。

力が入らず横たわっていた官兵衛を覗き込むように、半兵衛が立っていた。ああ、やはり死んだか、官兵衛は悟る。
悪い人生では無かった。むしろ満たされていた。恨まれる事は多かったが、時代を動かす事が出来た。天下泰平を見る事が出来なかったのが唯一の後悔だけれど。

目はお互いに合っているものの何も言わない官兵衛に、半兵衛は沈黙を貫いた。彼はじっと官兵衛を見ながら、首を傾げたり時折微笑んで見せる。それが官兵衛にはとても懐かしく、同時に半兵衛から託された夢を達成できなかった自分を恥じた。

「私は、死んだか」
「せっいか〜い!というか反応薄すぎない?もっと驚いたりしようよ」
「半兵衛か、久しいな」
「それだけ?」
「松寿丸の件だが、礼を言っても尽きぬ」
「そういうことじゃなくて、もっと、他にないの?」
「すまぬ、約束を守れなかった。未だに天下に火種は尽きぬ」
「あーやっぱりそう取っちゃったんだ…」
「少なくとも卿の死に私は誓ったのだ、天下を泰平に導くと」
「だーかーら!俺はそんな約束なんてして欲しくなかったの!俺は官兵衛殿が上手く生きて欲しかっただけなの!」
「無理だ」
「はやっ!諦めるのはやっ!」

もー官兵衛ってばなんで頭いいのにそんななの…ぼやきながら半兵衛ががっくり項垂れたのを見て官兵衛はやはり、懐かしいと思っていた。
ふと、今まで言えなかった事も死んだ今ならば言えるのではないかと気付く。つまり半兵衛の言う“そんななの”な性格を今なら払拭できる気がしたのだ。

「本当は」
「うん」
「本当は、もっと卿と生きたかった。一緒に軍略を立て、共に戦場を駆けたかった。卿の策をもっと聞きたかった。だが、全ては弱音だ。効かなかった事にしてくれ、卿に弱音は吐けぬ」
「聞かなかった事にって…。弱音くらい吐いてよ、官兵衛殿。俺ってそんなに頼りない?」
「逆だ。卿に諦められたくない。それに私自身こうして死なねばこういった下らぬことは口になど出さなかった」

下らぬことね、官兵衛の言葉を半兵衛が呟く。半兵衛は軍師の眼をしていた。知らぬ顔と称されたその顔で官兵衛の前にしゃがみこんでいた。

「ね、官兵衛殿。まだ生きたいって思う?周りの愚直な連中や徳川の下で、俺みたいに官兵衛殿を理解する人間もいない。それでも官兵衛殿は生きていたい?」
「…確かに卿のように優れた人間は少なく、愚物は多い。徳川も好きにはなれぬ。だが、あの世界が私は嫌いではなかった」
「清正に切られちゃったのに?」
「切られるのも、私の仕事のうちだ」
「変わらないなぁ、そういうとこ」
「人間は簡単に変わらぬ。卿も変わっていないだろう」

ははっと、半兵衛がしゃがみこんでいた体勢から立ち上がえう。んんーと腕を伸ばす半兵衛を目の前に官兵衛はようやく身体を起こし、半兵衛と同じ目線で彼を見た。その目は半兵衛と一緒で軍師の眼をしていた。

「俺は死んだもの!変わらないに決まってるよ。ねぇ、官兵衛殿そろそろ話も終わりのようだよ」
「…私は、死に損なったのか」
「そういうこと!察しがいいのも、考えものだよねぇ」
「…清正に切られ、天から光が射した時私は死んだと思った。同時に、ずっと卿が私を見守り続けている事も悟った」
「だって嫌がらせしてやるって決めたもの」
「すまぬな」
「いいって。それにまだ官兵衛殿はこれからだしさ!」
「まだこれからがあるのか…」
「そうだよ、だから性格直してよ官兵衛殿。俺心配で仕方ないんだから!」
「無理だ」
「だからはやっ!」

もー!と叫ぶ半兵衛の声を遠くで聞きながら、官兵衛は再び目を閉じた。






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