※光秀女装注意です


どうしてこうなったのか、と光秀は思わない。なるべくしてなったのだ。そう思うしかない。
女物の着物を纏っている自分もその目の前に並ぶ主君である信長とその妻濃姫が思った以上に綺麗ねと微笑む姿も、すべてはそう、仕方が無かった事なのだ。信長の後ろで心底哀れな眼で光秀を見る蘭丸さえ。


そもそもの始まりは信長からの敵地への諜報任務だった。それが何故か途中から濃姫が話に加わり、気付けば女装して敵地に向かう事になった。ええ、何度考え直しても意味がわかりません。
途中で蘭丸がそれはあまりにも、と助け船を出してくれたはいいが濃姫から「じゃあ、あなたが行くの?」と尋ねられ、彼はそれ以上口を開かなくなった。是非もありません。
そのまま隣室にて濃姫に強制的に着替えさせられた時は、本当に舌を噛み切って死んだ方がいいと何度も思った。というか、そう訴えた。
「あら、命令に逆らうのかしら光秀ともあろうものが」その言葉に何度唇を噛んで耐えた事か!大体命令といっても信長様は諜報任務としか言っていない。この流れを作ったのは彼女だ。いやそもそも、信長様は何故止めて下さらなかったのだろうか…。


そうして今に至る。薄紫の小袖を纏い、普段は後ろで留めてある髪を前へと垂らし、白粉と紅を引いた光秀に信長はほぉとだけ声を上げた。蘭丸は流石です光秀様!と感嘆の声を上げるし、濃姫に至っては満足気である。
するといきなり信長が何かを決めたように目を見開いた。断言してもいい。これは悪い事を思い付いた時の眼である。光秀と信長の付き合いはさほど長くは無いが、これだけは言い切れる。信長の理不尽な仕置き担当なめんな。もうあれだ、先程以上に嫌な予感しかしない。

「光秀を新しい妾という設定にし、これから謁見するもの達を騙そうぞ」

どうしてそうなるんですか!泣きそうな顔をする蘭丸とは反対に濃姫は極上の笑顔になり楽しそうねと呟いている。え、私武士ではありませんでしたっけ。何故そうなるのでしょうか、私がか細い声でそう尋ねるとその方が一興であろうと主君は言い放った。常識を主君に求めた私が馬鹿だったのだ。それにしても最初の諜報任務はどうなったんでしょうか。


意識を飛ばしかけている(飛ばせれたらどれだけ楽だったか!)私の耳に、信長様の小姓が長政とお市様がいらっしゃいました、という声が届いた。私は無意識のうちに隣の部屋に逃げ込もうと腰を浮かせたのだが、濃姫様から隣にいらっしゃいなと彼女の隣を指された。
ああ、この声色は小さい頃から私を扱き使う時に出す優しい声だ。この声に逆らってはいけない。逆らえばもっと酷い事が起きる。私は幼少の時以来の条件反射で濃姫様の隣に座る。あ、これなら妾というよりは侍女に見えるかもしれない。よし、いける!

「兄上、お久しぶりです。ああ、兄上に相応しい美しい側室を持たれたのですね」

長政殿の一言で私の希望を打ち砕かれた。なんだこの爽やか系イケメン。挨拶がてらに側室を褒めるなんてどういう神経しているんですか。いや、それより私とは面識が貴方あったでしょう!なんで私だと気付かないんですか!そんなに化粧もしていないんですよ!

「あら、お兄様。お姉さまだけでは足りませんのね、まぁ美味いものも毎日食べると飽きますものね」
「あら、私も貴方やこの娘のように慎ましいとよいのだけど、美しさは滲み出るものだから仕方ないのよね」
「ええ、お姉さまの域になるとむしろ煩わしい位ですけど」
「むしろ、何も出すものが無い貴方やこの娘が羨ましいわ」
「ええ、私もこの女性のように凛々しい身体を持ってみたいものです。ちなみにお姉様のようなふしだらな身体は欲しいとも思いませんが」

やめてください、女の戦いは!そして私を混ぜないでください、そうで無くてもここには居辛いというのに!
大体お市様がこちらを見た瞬間「何をしているのですか光秀」と目で仰っていましたよ!騙し切れていませんよ、信長様!まぁここで私の名前を出さないのが彼女なりの優しさなのでしょうけど。
それにしてもこの義理の姉妹の会話を聞いて微動だにしない信長様(これはいつものことだ)も市は充分美しいぞ!という長政殿も流石としか言い様がありません。いや、人としてそうはなりたくないですけど。


この夫婦が去った後も私は退く事を許されず、次にやってきた勝家殿と利家殿に「新しい側室ぞ」と紹介されました。流石に長政殿より会う機会も多いお二人なら私の正体を見抜くと思っていたのですが、返って来たのは「うむ、美しい方だ」と「濃姫様とはまた違った美しさですね!」という呑気なものでした。
織田軍っっん!大丈夫なんですかこの軍は、なんで誰ひとり気付かないんですか。おかしいじゃないですか、それとも私がそんなに女顔だって言いたいんですか!隣でふっと笑う織田夫婦が主君で敬愛している存在なのに、何故か腹が立ちます。ここに刀があれば自害するのに。


そうこうしているうちに家康殿と秀吉殿がいらっしゃいました、なんでこういう日に限って客が多いんですかね。私お客様に上手く笑えている自信が一切無いんですけど。
心ここに非ずの私に、それでも「新しい側室ぞ」「まぁまぁ、綺麗でしょう?」と囃し立てる主君夫婦。もう、いいですよ。
いや、こう言ってはあれですが長政殿にしても勝家殿も利家殿も割と単純な所があるんで騙せれましたけど、この二人は無理ですよ。智将ですし、秀吉殿に至っては有名な女好きですから絶対に気付くはずです。それはそれで嫌ですが。

「おや、また綺麗な人ですなぁ!お濃様の化粧の腕もさることながらで!」
「信長様も、変わった事が好きですからな」

ほ ら ば れ て る !いやばれるのが普通なんですよ、今までがおかしかっただけで。それにしてもこれって結構きついんですけど、せめて光秀殿何してるんですかとか言ってください。
このまま軍議に入るとかほんとやめて下さいなんの罰ですかこれ。


軍議がそのまま続いていると急にすぱん!と障子が開いた。そこにいたのは仁王立ちになった可憐な少女、更に加えたくない情報を付け加えるならば私の娘がいた。

「信長様!父上を見ませんでしたか?」

いつも障子は静かに閉めろと言っているでしょう!私はあまりの事に現実逃避をしていたと思う。家康殿と秀吉殿の顔が引きつっているのだけわかった。けれども主君とその妻は余裕そうに笑みを浮かべている。私も、多分笑っていたと思う。というか笑うしかないんですよこういう時は。

「あら、ガラシャ。光秀なら見ていないわよ。それより新しい側室が来たから挨拶なさい」
「はい。わらわはガラシャと申します。それにしても綺麗な人なのじゃ!…ふむ?」

それ以上は言わないでください、というか言うな。無垢な貴方は好きですけど、物事には限度があるんですよだから口を閉じなさい!

「やっぱり父上なのじゃ!なるほどの、父上が母上になって、信長様の所に嫁いだのじゃな!」

ぶふっと秀吉殿が盛大に吹いた音とはははと軽い声で笑う家康殿の声を確かに私は聞いた。正直娘を直視することなんてできない。がくがくと身体が震える。冷や汗が背中を流れる。どうすれば、どうすればこの状況を打破できる!

「ガラシャ様、これ以上光秀様のためになにも言わないでください!」
「とどめね、蘭丸」

蘭丸の声が遠くで聞こえる。くすくすと笑う濃姫様を恨みながら、信長様の是非も無しと言う声が頭に響いた。よし、絶対に、謀反起こす。







「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -