朝の通勤時間は地獄のようだが、左近は意外とその時間が嫌いでは無かった。大勢の人間がひしめき合う駅のホームで、缶コーヒーを飲んでいると後ろから知った声が左近を呼んだ。その懐かしい声に左近はびくりと体を強張らせる。なんとなく、今は三成とは会いたく無かったのだ。何から話せばいいか、左近の中ではまだ整理ができていなかった。

「久しぶりだな、元気にしていたか。」
「三成さんじゃないですか、お久しぶりです。この通りピンピンしてますよ。」

そう笑って振り返ると混雑した人の中に三成が涼しそうな顔をして立っていた。なんとなくこの人は通勤電車なんかとは無関係なのだろうと左近は思う。この人は昔から俗っぽい物とは全く関係が無さそうに清らかに生きているのだ。それが、左近はどうしようもなく羨ましかった。

「清正さんや正則さんとは仲良くしてるんですか。」
「ああ。最近奴らから見合いばかり勧められることを除けばこの上なく幸せだな。」
「見合い、ですか。」
「俺がこの年で結婚しないのが、可笑しいらしい。あいつら自分達が少し年上で既婚者だからって偉そうに。」
「確かにそろそろ結婚してもいい年頃だと思いますよ。晩婚化が進んでいるとはいえ三成さんの年齢でも結婚している男はたくさんいますからね。」
「左近にだけは言われたくない。お前相変わらず独身だろ。」
「相変わらず、酷い人ですね。」
「相変わらず、左近がむさ苦しいからな。仕方が無いことだ。」

 そう言うと三成は困ったように笑った。それは左近が知る三成の笑いの中でも最も穏やかなものだった。唐突に左近は、三成が昔のように左近が盾にならなくても、正しいと思う人生を歩めているのだと理解した。それはこの時代のおかげだろうか。それでもまだ敵の多そうなこの元主人に左近も困ったように笑う。

「ああ、そういう風に笑えるようになりましたか。」
「なんだ爺臭いな左近。」
「俺はそんな風に殿に笑って欲しかったんですよ。あんなに難しい顔ばかりするもんじゃない。」
「ほう、やけに偉そうだな。」
「そりゃあ、控えめにして前回はああなりましたからね。今回の俺は違いますよ。」
「ああ、左近。」

 三成はそう懐かしそうに左近の名前を呼んだ。左近はもし三成が慈しむという感情に長けているのならこういう風な声を出して慈しむだろう、と思った。

「お前も上手く笑えるようになったな。」

 気付けば三成は意地を張ったような言い方をしなくても、そう言うことができるような人間になっていた。もう自分がいなくても三成は彼が信じる道を笑って歩けるだろう。たくさんの彼を愛する人々と共に。それは左近にとって少しだけ寂しいものであった。けれども、三成の声が湿っていたので左近はやはり困ったように笑うことしかできなかった。





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