※幸村、豊臣の人質時代



正月だというのにその部屋は暗く、陰惨であった。なにもその部屋の主が手入れを怠ったわけでは無い。手入れは几帳面な主人の性格を表すかの如く、その部屋は丁寧に片付けられていた。
陽のあたりとてその部屋は悪くは無い。南向きでは無いものの、陽は惜しみなくその部屋にも射し込んだ。つまりだ、暗いのはその部屋では無くその部屋の空気なのである。雰囲気といってもよいのだが、とにかく暗い。

その暗さを晴らすかのようにすぱん!と障子が開くと、そこには兼続が仁王立ちで立っていた。明けましておめでとう!腹の底から放たれたその言葉に思わず幸村も明けましておめでとうございますと頭を下げて言った。兼続の凄い所はそういった所だと幸村も兼続の仲間達も思っていたが、何分馬鹿が調子に乗るだろうと誰もそれを言葉にはしない。賢明な判断である。
そんな満足そうな兼続を後ろから殺す勢いで扇で殴ったのは三成である。やめんか、幸村に馬鹿が移る。忌々しそうに言う三成という男が本当は情に熱い男だということを幸村は熟知している。
この三成という男は本当は非常に義理深く仲間を放っておけない男だ。こうして正月から幸村に会いに来るのも三成なりの優しさである。けれどもそれを表面には一切出さずに彼は不機嫌そうな顔をする。最近になってそれが単なる照れ隠しだと幸村は知ったのだが、それを知った時の納得と驚きは今でも忘れる事が出来ない。
それほど、三成という男は難解なのだ。

そんな幸村の想いも知らずに兼続が幸村の前に座る。三成は兼続の隣に腰を下ろした。この2人はなんだかんだで仲がいい。比較的年齢の近いこの一見対照的な男達の共通点は恐ろしいほど真っ直ぐな性格にある。他の者達が入り込めないくらい、この二人は清らかである。
その芯が同じなためか表面が全く違う2人はこんなにも仲が良い。罵りながらも相手を常に気遣っているのだ。幸村の人間関係の中でもかなり異様な2人である。
その2人が今日はめでたい日だとか幸村も御馳走を食べたかだとか様々な話をし始めた。2人とも時々相手を貶しながらもやはり仲が良さそうに話していた。それを見て幸村は心が暖かくなるのを感じた。

ふと幸村は今日が元旦で二人が秀吉公祝いの席に招かれていたことを思い出した。本当は幸村とて呼ばれているのだが彼は挨拶だけして逃げるように自室に帰って来たのだ。

元旦は黄泉への近付き。そう言ったのは室町の僧侶だったか。習慣として祝いの日でも、人は死に近付くのだ。元々宴の場が得意で無い幸村に更に去りゆく日々が追い打ちを掛ける。
自分の成すべきことは未だならぬ。焦りが幸村の若い心を蝕んでいく。けれどもそれは幸村一人の問題であって、三成達には何の関係も無いはずだった。そう思った途端にずしりと幸村の身体は重くなる。
なんだかとてつもなく申し訳ない気持ちに幸村はなった。

「お二人は、ここにいてよいのですか。」

途端に兼続は真剣な顔をし、三成は更に不機嫌そうな表情になった。言ってはいけなかったかと幸村はまた沈む。

「お前は本当に心の交わりが下手だな。」

兼続の言葉に幸村がきょとんとする。けれども幸村は隣で三成の眉がピクリと動いたのも見逃さなかった。

「小さい頃からお前を見ている私にはよくわかるが、お前は人が好きなのに人と関わること恐れているな。いや諦めていると言ってもいい。けれどもそんなに恐れなくてもいいんだ、お前なりに相手と交わっていいのだよ。」

幸村はそのなだめるような兼続の言葉に顔をぽかんとさせた。兼続は兼続で気持ちの悪いくらい穏やかな顔をしている。どう切り出そうか迷う幸村に隣にいた三成がやはり盛大な舌打ちをして兼続を小突いた。

「どうしてお前はいつもそうわかりにくい表現をするのだ。幸村が困っているではないか。」
「ふむ…では幸村よ、甘えろ!」

ばっと歓迎するように兼続は手を開いた。それを見て益々固まる幸村に遂に三成の堪忍袋の緒が切れた。ばしりと兼続をはたき倒すと畳みに彼を沈めてしまった。三成はこう見えて力が強いのだ。

「違う!これだから兼続は…。幸村、俺達は仕える主も違えば生きて来た年数も環境だって違う。そして信仰する神さえも異なる。けれどもお前はお前の生き方を信じて、大切な物のためにお前の思う道を歩めばいい。俺達は」
「同志!なのだからな。」

途中で言葉を区切られたことを心底恨めしそうに三成は兼続を睨んだ。それをものともしないのは兼続の長所の一つである。

「私達は離れていても心は繋がっている。お前が辛いと思う時は私達も辛いと思うだろう。それはお前からすれば不幸に付き合わせていると思うかもしれないが、そうではない。我らは常に共にある。そうだろう。」

自分が望むように生きてもいいのだろうか。こんなに危うい自分が生きていてもいいのだろうか。真っ直ぐ進むことを誰もがおかしいとは言わないだろうか。幸村の心の曇りが少しずつ晴れて行く。三成がようやく難しい顔をしながら兼続の言葉を受け継いで話し始めた。

「だから今は共に新しい年を祝わないか。お前と新年も過ごせることができたら俺達は嬉しいのだが。」

優しい大人。幸村より三成と兼続はずっと年上なのに大抵幸村が呆れるような喧嘩ばかりをする。それは政治や戦の話だったり、晩飯の話だったり様々だったがとにかく彼らは幸村の中では大人げない大人だった。真っ直ぐに生きられないのは幸村では無く彼らでは無いのか。そう思った事もある。けれども彼らはすいすいと自分達の進むべき道を進み、周りを巻き込んで行くのだ。
それは羨ましくもあった。そうして今のように大人顔して幸村を可愛がるのだ。いいのだ、お前はそれでいいのだ。幸村はそうして彼らからいつだって肯定される。それは兄のようで、父のようで長年合っていない家族とはこのようなものかと幸村が思うには十分な感情だった。

そうしてようやく幸村は兼続が持ってきた酒と三成が手にしていた餅を見つめ直し、喜んでと頭を下げたのだった。





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