意外だとよく言われるが左近はあまり屋台といったものを利用しない。同僚から誘われて共に飲んだり食べたりすることはある程度だ。なにも屋台が嫌いだというわけでも無い。ただ進んでいくことがほとんど無いだけだ。
それは左近の、いわゆる中年らしい容姿がおっさん臭い所へ行く事への拒否なのかは、左近には突き止められないことである。

「それで、帰ってきたというのですか。」

あれ、こんなセリフ前にも言われた気がする。しかも結構最近。左近は眉をしかめながら箸で持ちあげたがんもどきを凝視する。
左近はがんもどきがおでんの具では一番好きだ。けれども先程からちびりちびりと食べるがんもどきのなんと美味しくないことか。それはこの屋台のためでは無く、左近が30分近く尋問に会いながらおでんを食べているせいである。

「いや、ちゃんとお互いに体に気をつけようということも約束しましたよ。」
「お前は小学生か!」

だん!とお冷を叩きつけて左近の左側にいた政宗が黙る。左近だって政宗と同じつっこみを心の中で自分にしている。けれどもあの場はそう言うしか無かった気がする。
これから同じ時代を三成とは生きるわけだが、またご飯でも食べに行きましょうなんて気軽に誘える度胸などまだ無い。前世のことを引きずるのは男らしくないがそれでも三成は左近にとっては殿なのである。
簡単に誘える相手でも無いし、それなりに気を遣わなければいけない相手なのだ。それなのに赤外線通信でメルアドを送って下さいよなんて言えるわけが無いのだ。けれどもそういった左近を許してくれないのは右隣に座る幸村も同じようである。

「せっかく会えたというのに、どうしてこれからも親しくしていこうと言わないんですか。」

幸村が真剣な目で尋ねてくる。別に先程心に思っていたことを全部話してもいいが、酷く考え方が女々しいようで左近は言えなかった。
こういう時、尋問をする相手が政宗であればいいのにと左近は思う。幸村は真っ直ぐだ。彼は決して相手の気持ちを汲み取れないわけではないが、暗黙の了承はほぼ通じないと言っていい。加えて、はっきりとした性格である。悩みや葛藤はあるようで無いと言ってもよい。
幸村の中にある葛藤は一般人が思う葛藤とは多分違うものだと左近は読んでいる。それにためらいがちに物を言うが、あれは相手を気遣っているだけであって彼の中では最初から答えは出ているのだ。左近の戸惑いや心境は理解できないと考えた方がいい。

「まぁ今度は島左近として生まれてきていませんしね。」

その冷たい言葉でじりじり責めよってくる幸村を交わす。政宗は何か言いたそうだったが何も言ってこなかった。多分政宗は幸村よりずっと左近の気持ちがわかるのだ。だから何も言わない。
けれども左近と三成がこの世でも繋がっていて欲しいと思うからこうして幸村の説得に付き合っているのだ。なんだかんだで政宗は人が良いのだ。

「違うねぇ。あんたはこの世でまた自分が三成に関わって、三成が不幸になるのを怖れているだけさ。」

それまで何も言わなかった店主が左近に新しく酒を注ぎながら話に入ってきた。その巨体から想像できないような細やかさで店主、慶次はおでんの具を更に左近へとよそう。さらりと当てられた左近の本心に驚きつつ慶次を見れば、人懐こそうな顔で彼はにこりと笑った。

「いいんじゃないかい、不幸になったって。だけどな、お前がそれを不幸と思っても三成がそう思うとは限らないだろ。」

慶次は人の気持ちの核心に触れるのが上手い。相手が何を想っているかすぐにわかるようだ。それは左近のような様々なことを腹に巡らせて喋る人間には厄介だが、幸村や政宗のような正直な者にとっては心地よく感じるのだろう。現に彼らは慶次に懐いている。

「お前さんが関ヶ原を不幸だとか惨事だったと思っても、三成はそうは思わないかもしれないだろう。いいじゃないか、また話をしたいと思ったなら会いに行けば。」

これは奢りさ、慶次が更に左近の更にがんもどきを入れる。どうにも自分という人間はここ最近多くの人に支えられっぱなしだ。少しくらいは自分に正直に生きてもいいのだろうかと左近はがんもどきに箸を入れる。

「慶次さん、いいおでん屋として上手くやっているんですね。」

本当の事を言うと幸村と政宗から無職らしいと言われていた慶次の事が気になっていたのだ。今日だって幸村が慶次殿が屋台をしているので食べに行きましょう!と言われたので心配半分で来てみたのだ。
自由人のイメージが強い慶次だったが、あっちの世界の人にもならず、仕事をちゃんとしていたことに左近は心底安堵した。それが心底失礼にあたる心配だと左近は未だに気付いていない。

「まぁ、本職が海外中心の営業だから、屋台は日本に戻ってきた時だけ趣味としてやってるんだけどな。これが楽しくてさァ。」

根っからの商売人気質なのさと笑い飛ばす慶次に、左近の両隣の若者は絶句する。海外、営業。彼らが言葉を咀嚼しているのが左近には痛いほどわかる。わかるわかる、そんなイメージじゃないもんな。どんなに頑張ってもインテリなイメージないもんなこの人には。
けれども左近は若くも無い社会人である、しかも営業職。笑顔で、大変な仕事の傍ら趣味でこうして店を開けるなんてすごい才能ですよ、と大人の対応だってできるのだ。両側の若者がようやくその言葉で現実に帰って来たようで、左近と慶次は思わず同時に苦笑した。







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