左近が好きなコーヒーはブラックか微糖である。それなのに自動販売機にはカフェオレしかなかったので、左近は仕方なくカフェオレ(でも低糖だ)を握ってベンチに座っている。手を温めるには小さなカフェオレでも充分に役に立った。

元親とガラシャにああは言ったものの、どうにも相手を見るという目的だけで本人に近付くのは難しいと思う。遠目で見ればいいのかとも考えたが、やはり実際に話をしてみたい。
三成ほど不器用な人間を左近は知らないから、心配だという気持ちもある。だから、やはり三成自身からうまくやっているという言葉を聞きたかった。
最近になって左近は三成に謝る事より、三成がこの現代でどういった信念を持ち、仕事をしているのかが気になるようになった。まるで父親である。

「ちっ!ブラックか。」

気が付けば隣に座っていた男がぼそりと呟く。何の気も無しに隣を見れば、そこにはスーツ姿の三成がいた。

殿、なんでいるんですか!?

左近の心の悲鳴を三成が知るはずもない。何も無かったかのように三成もその缶コーヒーで暖を取っていた。その昔と変わらないつり目が隣にいる左近を捉えたかと思うと、すぐ何を見ているのだと睨まれた。
何も変わっていない三成のその様子に左近はなんだか複雑な気分になる。いやいいんですけどね、左近は心の中でぼやく。
そのまま、三成の視線が左近から左近の手の中にあるカフェオレに移ったので、思わず左近は交換しましょうか?と声を掛けていた。それに三成は驚いたようだったが、おくびもせずにああと言った。

三成の手に渡ったカフェオレを見ながら左近は一体何から話せばいいのか迷っていた。仕事はどうですか、不自然すぎる。三成さんですよね、不審者だなこれは。いっそ殿、と声を掛けたらどうだろうか、恐ろしい程の冷たい視線を寄こされるだろうそれは。
流石に慣れているとはいえ嫌である。

「お前は何の仕事をしているんだ?」

相変わらずです!殿。初対面で明らかに目上の俺にでもタメ口だなんて!全く変わっていない三成に左近は心配にさえなる。
え、殿はちゃんと礼儀とかマナーを学ばれてるんですよね。社会人になれているんですよね、そのテンションで上司とかの胃袋を痛めていませんよね。左近はそこが心配で仕方無いんですけど。でもね、左近ほど上司の心は強く無いんですよ!

「食品メーカーの営業をしてますよ。」
「ほう。やりがいのある仕事か?」
「ええ、私なりには。」
「それはよかったな。」

よくないですよ!なんで左近が逆に質問責めされてるんですか、意味がわからない。なんだか満足そうだし、いやこっちが聞きたいんですよ、そういった仕事の話は。

「貴方こそ、仕事は何をしてるんですか。」
「ホテルの経理をしているが。」
「へぇ、似合ってますね。さぞ、やりがいもあるんでしょうね。」
「ああ、経理の仕事は好きだし俺にも合っている。それに上司も恩あるからな。」

三成は幸せそうに目を細めている。三成にそんな穏やかな表情ができると左近は思わなかった。素直にそういった気持ちを言えずに険しい表情をするのが左近の知る三成だ。嗚呼、彼はこの平和な世で愛されて過ごしたのだ。左近は安堵する。

「幸せなんですね。」
「まぁな、今は仕事も落ち着いているからな。」
「私生活でも充実を?」
「それなりにはな。」

三成は微笑んでカフェオレをゆっくりと飲んだ。
左近はあの戦場を思い出していた。酷い戦いだった。自分から流れる血の匂いと、火薬のつんとした匂い。
農民の服を纏った三成も出血こそ無いものの傷を負っているようだった。覚悟を決めたように左近を見るその目。
昔から不器用で人の気持ちなど悟れぬ男だったが、それでも三成の生き方や価値観は美しかった。そんな三成を左近は主として、同志として心底支えたいと思ったのだ。

その三成が次の世界で三成らしく生きているのであれば左近はそれ以上を望むことは無い。左近の望みは叶えられたのだ。なんだか泣きそうな気持になる左近を三成は不思議そうな顔で見ている。
そうだよな、いきなり初対面のよく知らない男が急に黙ったらおかしいもんな。次の言葉を発しようとした左近に三成はまた微笑む。

「約束しようと、言ったではないか。」
「え?」
「生きると、お前と約束した。お前との志は今でも生きているぞ、左近。」

呆けた左近の耳にいつまでも、三成のその言葉だけが熱く残る。情けないことに熱くなる胸を抑えながらそうですか、と左近はようやく言うのが限界だった。それをやはり以前の主は満足そうに微笑んで見ているので、左近は再び泣きだしたくなったのだった。







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