※三成救出戦あとです。



政宗の呼吸する音だけが戦場に響いていた。先程まで、人の動く音が酷く五月蠅かったというのに今では武器が触れ合う音も、人の叫び声さえも聞こえ無い。三成を救い、敵となった福島や加藤を退ければ、後には重い空気だけが残った。
豊臣の世が終わる前の静けさだろうかと政宗にしては気だるくその空気を受け入れる。
そんな政宗の視界の端で白い装束が揺れた。灰色と黒に染まる世界でも、なおそれは白い。

「次の戦いでは敵となるであろうな、兼続。」
「そうだな。」

いつもならば、兼続は必要以上に食い付いてくる男だ。そして義や愛を語るのだ。けれども今は何かを憂いているようで、政宗は調子が狂ってしまった。
大方、豊臣にいる三成のことを考えているのだろう。豊臣の権威は地に落ちたというのに徳川の勢いは一向に収まらぬ。潮時が来たのだ、どうしてそれをわからないというのだろう。

「お主が三成にそこまで肩入れをすると思わなんだ。たしか豊臣を好きでは無かっただろう。」

兼続という人間の本質は非常に無骨である。彼は世の中を生きるのが非常に上手かった。その口も頭脳も身体も世を渡ることを生まれながら知っているようだ。
その反面兼続という人間はひどく心というものを大切にした。彼の前では金や権力は意味を成さなかった。
兼続や、兼続が愛する上杉という勢力は人の心を知っていた。何よりも脆く、それでいて人間が唯一永遠になれる方法を彼らは知り、その心を受け継いで生きていた。
政宗にはできないその生き方を羨んだことが無い訳では無いが、自分の正しさを政宗なりにここまで紡いできたつもりではある。

「お前にはさぞ私が愚かに見えるだろうな。何が正しいか、どう動けばいいかが見えるお前にとって私も豊臣もさして変わるまい。」
「それは儂の独眼の事を言っておるのか。」

ぎりっと歯を噛み締める。
まただ、また眼の事が言われる。兼続という男はこの眼や政宗の特異な環境にこれまで一切触れて来なかった。愛や義を語って、政宗の心を波打たせることはあったものの、土足で入ってくることは来なかったというのに。今になってこの男は自分の一つ目を馬鹿にするというのか。

「お前の目が一つしか無い事など、どうでもいいことに過ぎん。それでお前の信念や生き方が変わるわけでもあるまい。」

当然のようにそう言われて、政宗は驚きと腹立たしさと少しの喜びに襲われる。

「なんだお前そんなことを気にしていたのか。それでは私が徳川に対して上杉に頭を下げさせぬことも同情や憐れみの目で見るというのか。それとも好奇の目か。それはな政宗、差別というのだ。」
「思っておらぬは馬鹿め!そもそも思っていたらここへは来ぬわ!」

兼続が満足そうにそうかと笑う。わかっているのに聞くとは性格の悪い男だ。
やはり兼続はそういった目で政宗を見ることは無い。暑苦しい男だったがそれだけは確かだった。
そして政宗もまた、そういった目を兼続に向けることは無かった。確かに馬鹿な男だとは何度も思うけれども。そういった共通した部分が政宗と兼続にはあるからこうして話をすることができるのだと思う。同士だとは死んでも思われたくないが。

「おうおう、仲の良いことだねぇ!」

戦場を悠々と歩く巨大な馬の上から慶次が茶化す。慶次の存在と言葉はそこにあるだけで周りの全てを吹き飛ばす。それだけの力が慶次にはあった。
今でも政宗と兼続の空気を簡単に断ち切ってしまった。一々この男は政宗に構いたがるので、それが時と場合によっては面倒くさいのだ。

「そういうお主は豊臣の子らにやけに腹を立てているようじゃな。お主の殺気がこちらまで伝わってきたわ。」
「ははっ!わかったかい!」

政宗の喧嘩腰は誰に対してもそうである。仲の良い孫市や信頼する家臣、慶次にもそれは変わらない。彼らは付き合っていくうちに政宗のその癖に慣れた。それが政宗はまた気に入らない。

「政宗や幸村のように不器用な生き方の裏返しなら、可愛いんだがねぇ。あんな自分達への歪んだ愛情を外に向けるなんざ、男のすることじゃないだろう!」

それは真っ直ぐに生きる事が出来ない自分への当て付けかと問おうとして政宗は口を閉じた。そうではない。兼続の言葉を借りるのならそれは慶次なりの慈しみなのだ。随分遠慮の無い慈しみだけれど、政宗は慶次や兼続らのそういった優しさが嫌いになれなかった。

「慶次がそういうことを言うから政宗がまた素直じゃ無くなるのだ。簡潔に言えばいい、政宗は素直で可愛いと!」
「違うわ!馬鹿め!」

半分涙声になりながら政宗は叫ぶ。それを見てまた慶次が豪快に笑うのが更に腹立たしい。戦場よりも疲れる味方とはどうなのだろうか。これが敵となるのだろうから、心底骨が折れる。
ああ、戦などずっと来なければいいと一瞬思った。それは兼続が望むものであまりに理想的で、非現実的で、そういった逃避が政宗は嫌いだったはずだ。だが、その時だけは、この上手く生きる事が出来ない2人の男のためにそういった世の中が来てもいいのではないかと思った。

まだ世界は暗雲の中にある。今日も明日も人が死ぬ。けれども必死で生きようと抗う者達のために、世界が少しだけ優しくあったとしても許されるだろう。
そのために政宗は雲を退けるだけの力を持ちたいと思う。そうしてその力で自分と同じ苦しみを持つ者に慈愛の雨を降らすのだ。





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