左近は普段なら絶対座れないような材質の良いソファーに座って相手を待っていた。通された部屋は贅沢を惜しみなく使った客室だ。
さすが羽柴グループ。宿泊客だけでは無く、外部の人間にもとことん礼節とサービスを尽くす。その羽柴の考え方が部屋にまで染み渡っているようで安い椅子の方が落ち着く自分がなんだか左近は哀れになった。

「おお、お前さんが島さんか!?」
「ごめんね、どうしても抜けられない用事が入って三成はちょうどさっき出ちゃったんだよ。」

入ってきたのは、秀吉とねねだ。この時代にまで親子関係をしている秀吉達が微笑ましい。
三成の不在を知って戸惑う左近に秀吉とねねが自己紹介をした。なんでもねねが専務だとか。今も昔も彼女は秀吉の中で大切な人物なようだ。自分の事では無いのに左近は酷くそのことに安堵した。
そのまま秀吉の話は自分の会社から左近の会社になって行く。やはり清正や官兵衛達と一緒で秀吉にも記憶は一切無いらしい。ずっと呼称は左近では無く、島さんだ。

「それにしても島さんはいい筋肉をしてますなぁ。」
「ほんとだねぇ、まるで斬馬刀を使ってるみたいだよね。」

えらい、ピンポイントですな!おねね様。思わず左近は心の中で盛大に突っ込んでしまった。記憶は無いはずだ。なのに何故そんなに具体的な事が言えるのか。

「斬馬刀なんて物騒な。学生の頃から筋トレは趣味なんですよ。」

左近は何食わぬ顔でそう言う。実際に学生の頃から剣道はしているし、今でも幸村に請われて相手をしてやったりもする。筋肉なら同じ年の男よりはあるつもりだ。でも斬馬刀って!

「ねねは何いっとるんさ。島さんは武田食品の大切な営業マンじゃぞ。そんなものを振るうかっちゅうの。」
「ごめんねぇ、あんまりかっこよかったものだから。」

ねねの微笑みは以前のものと変わっていなかった。明るく美しいねねにかっこいいって儂よりもか!?と焦る秀吉にまたねねが笑う。豊臣夫婦はこの時代でも仲が良い。こんな二人に育てられたのだからさぞ三成もいい環境で育ったのだろう。性格はあのままであろうが。

「ところで、左近は三成とどういった関係なんさ?」
「そうそう、年も離れてるし面識があることなんて聞いてないよ?」

交互に聞いてくる豊臣夫妻にどう答えようかと左近は曖昧に笑う。本来の目的を話せば確実におかしな人間だと思われるだろう。仕方が無い、嘘も方便である。

「三成さんが学生の時に時々剣道を教えていたんですよ。三成さんは筋が良かったですけど、剣道が嫌いみたいであまり教える機会はありませんでしたけどね。」
「へぇ、そうなのかい。」
「わしゃあてっきり三成と生死を挟んだ約束でもしとったんかと思ったわ。島さん必死そうじゃしな!」

てへと笑う秀吉に左近は今度こそ完全に絶句した。流石、ねねより秀吉の方が深く突っ込んでくる。生死を挟んだ約束って!記憶完全にあるじゃないですか!
ここまで言われると曖昧にでも自分が笑えている自信が左近には無い。あやふやな時はとりあえず笑っておけ、大抵の事はこれで解決してきた左近だったが今回は逃れられそうにない。

「あの、秀吉様。」

途端に真面目な顔をした秀吉とすっと目を細めたねね。まずい、本格的にバレたのか。いや悪い事なんて何もしていないが。左近はなんと言おうか、迷った。

「秀吉様って!そんな風に言ったら偉くなった気がするじゃろ!」
「ほんとだよ!確かにこの人は偉いけど、様をつけたらかっこよすぎるよ!」

そんなお前様も好きだけどね、と頭をちょこんと秀吉の肩にねねが置くと、儂もねねが好きじゃ!と秀吉が嬉しそうに叫ぶ。

あ、ないわ。これ。ないない。左近の中で今までの葛藤は一瞬にして却下される。そのまま少しの疲れと安堵を出されたコーヒーごとゆっくり飲みほした。







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