火薬と血の匂いが混じった戦場に義弘は立っていた。
視線は自分と同じように死体の中に立つ女に注がれている。若い美しい女だ。その美しさは、女にしては不器用な生き方から来ているものだということも義弘は熟知している。
そんな彼女を義弘は綺麗だと思っていた。実直な生き方と激しい気性に隠れているギン千代の情の深さが愛しかった。その愛しさは娘に向けるようなものだ。
きっと彼女にそう言えば、情け無用で斬りかかって来るだろう。それが盛大な照れ隠しだと言う事も義弘には分かっている、分かっていて気付かないでいてやるのは義弘なりの優しさである。

「坊ちゃんが来ていないようだな。寂しくは無いか。」
「それくらいの事で寂しがる立花では無い。たとえ、宗茂が死んでもそれは変わらぬ。」

いつもと同じ口調でギン千代は自分の夫の死を口にする。通常ならばそんなことを言わない彼女の変化に義弘は気付く。元来、細かい所に気が付く性分ではある。

「そういえば戦屋に礼を言わなければいけなかったな。お前が宗茂に私への想いを気付かせたのだろう?」
「ほう、その様子だと進展があったのか。坊ちゃんもやる時はやるのだな。」
「若干、馬鹿になっていて困ったがな。」

呆れながらもそう言うギン千代は嬉しそうだった。義弘はギン千代の笑う顔をほとんど見たことが無い。それは義弘がギン千代に出会うのは大抵戦場だということや、戦場では彼女が一層女でも男でも無い生き物へと変わり、本来の柔らかい感情を見る事ができないためであった。
そうして必死に人間らしくあろうとしている彼女を義弘は好ましく思っていた。あんなに必死に生きる若い女を見たことが無い。
戦場で見る彼女は孤独だった。彼女には夫がいた。愛する家族もいた。優れた家臣もいた。それでも彼女は孤独に闘っているように義弘には見えた。そんな彼女を助けたくなったのは、義弘自身もそういった生き方をしていたからだ。
義弘も、男だとか女だとか、武士だとか農民だとか、神だとか仏だとかそういったものに縛られたく無かった。どこまでも自分でありたかった。自分のような人間がいてもいいのだと、普通には生きられない者なりの生き方がしたかった。
それはやはり酷く孤独な生き方だった。愛する妻は自分を理解してくれる。家族も兄弟も寄り添ってくれる。けれども中心にいる義弘はいつだって一人で満たされることは無いのだ。寂しい人間だと我ながら思う。

「なぁに、お嬢を助けたかっただけだ。礼を言われるようなことはしておらん。」
「それでもあれは私を救ってくれた。戦屋にはわかっていたのだろう、あれしか私を救えないと。だからあれを動かし私の世界を救ってくれた。」
「また艶やかな物言いをするな、お嬢。単に儂はばくちをしただけよ。」
「安心しろ、私達は神や性や身分に屈したりはせぬ。そんなものはどうでもいいものだろう?」

同じものと、義弘とギン千代は戦っている。目には見えないその相手。人から理解される事も無い孤独な戦い。戦いに身を置く高潔な魂を持つ女性を目の前にすれば鬼といわれる義弘でも助けたくなるのが、情というもの。

「今日のお嬢は優しいな。」
「戦屋が私達夫婦を助けてくれたからな。おかげで宗茂は戦が終わる度に愛の言葉と抱擁と贈り物を寄こして来て、正直うざい。」
「めんどくさいな、坊ちゃん。」
「これから来るだろうから、少し付き合え。あいつもお前がいればそこまで面倒くさくはならないだろう。」
「儂を巻き込むな、お嬢…。」

思わぬギン千代からの惚気と、変わり果てた坊ちゃんへの哀愁が混じって義弘は大層複雑な気持ちになる。彼女の孤独が少しでも晴れたことを祝福すべきか、これから夫婦で行われる一種の儀式に付き合って悲惨な目にあうか。数分悩んで義弘は静かにその場を離れることを選択した。







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