*3の家康エンド捏造


目が覚めると桜の下にいた。
先程まで確かに戦場にいたのに、家康は辺りを見渡す。不意に名前を呼ばれる。懐かしい声に驚いて振り向けばそこには信長が立っていた。あの頃と変わらない出で立ちで相変わらず表情に乏しいこの男がいるのを確認して、ああ自分は死んだのだと思った。それとも狐にでも化かされているのだろうか。狐、といえば先の大戦で佐和山の狐を殺した。あの狐は家臣や志を壊されさぞ恨んでいるだろう。

「お久しゅうございます。」
「うむ、久しいな。」

やはり信長らしい。何から話せばいいのかわからず、家康が戸惑っているのを見て信長は大儀であった、と笑った。ああ、多分、この魔王は家康がなにをしたか、何をなしたか知っているのだ。死んだ筈の信長だが、やはり彼は侮れない。

「お、家康殿じゃないですか!」

軽快に現れたのは秀吉だ。こちらは死ぬ寸前と違い若々しいままだ。あの明るさと人懐こさを見ると、死ぬ前の老いた姿が思い出され家康は辛かった。

「久しぶりですなぁ!いや、お元気そうで何よりです!」
「なにより、ではありませんよ。」

秀吉の後ろから現れたのは三成だった。やはり若いままの彼は、秀吉が生きていた頃と変わらず秀吉の側に陣取る。

「こりゃ、三成。お前さんの気持ちもわかるが過ぎたことじゃろう。」

三成は難しい顔をしたが、ぷいとそのままそっぽを向いてしまった。死んだあともあの生きづらい性格はそのままらしい。極力家康を避ける三成を横目にしながらここは本当にどこなのだろうと考える。やはりこれだけ死人がいるのを考えれば地獄だろうか。正当性があったとしても、皆人を殺しすぎた。それなら地獄だろうがそれにしても美しい。家康は地獄はもっと苦しく、醜いところだと思っていたが、そうでもないらしい。桜の花の美しさと、三成に家康と仲良くするように諭す秀吉を複雑な気持ちで見ていれば不意に殺気を感じた。がき、っという己の槍と相手の槍がぶつかる。金属音の先にいたのは幸村だ。おのれ、と口にする幸村に秀吉が慌てて近付く。

「ちょ、ちょ、幸村!お前さん、何しとるんじゃ!」
「止めないでください!今なら狸の首をはねることができるのです!」
「いやいやいや、お前さんちょっと落ち着け!」
「いいぞ、幸村!」
「三成も煽るな!数秒前に恨まないと約束したろうが!」
「そうでした…。己の未熟さ故に申し訳ありません。幸村、狸は半殺しまでだ。」
「なにもわかっとらんし!」
「わかりました!三成殿!」
「だから幸村はやめえっちゅうに!家康殿が困っておるじゃろ!」

秀吉が幸村を諭している間にも自身の武器は押され始めている。このままでは本当にまずい。せっかく大坂夏の陣を制したとしてもここでぱっくりいけばもともこもない。

「うぬは、何を、望む。」

この緊迫した状況を打破したのは信長だった。あの幸村が聞き耳を立てている。空気をあえて読まないのは信長の長所であると、常々思っていたがまさかこんなところで証明されるとは。

「義を貫くことです。」

幸村の槍はどんどん力を増して、その身体はさらに殺気を放っているのに声は静かだった。家康にはさらにそれが恐ろしい。

「義か。うぬの義は小さい。相手がおらねば存在できぬ。」

はたと、急に鍔迫り合いが止んだ。槍を引き寄せた幸村は信長を見る。

「しかし私にはそれを貫くことしかできぬのです。」

ぽつりと溢された言葉は多分幸村が他の誰かに言った言葉より一番覇気のないものなのだろう。まるで、泣きそうな子供だと、家康は思う。

「よい。しかしうぬは死んだ。うぬを想うものを遠ざけ、憎い相手を殺し、うぬが手に入れたのは死のみぞ。」
「たとえ、貴方にはただの愚かな死にしか見えずとも、私にとっては誇りそのものなのです。」

幸村はどんどん覇気を取り戻していく。それはいつか見た真っ直ぐな青年のそれで、家康はずっとそれが羨ましかったのだ。

「で、あるか。それもまた、一理。」

くつくつ楽しそうに笑う信長を幸村は不思議そうな顔をして見ていた。そこへ秀吉が空かさず合いの手をいれる。

「信長様は相変わらずすごいお方ですなぁ!私なんか、こちらへ来て信長様が光秀と仲良く茶会をしているのを見て驚いたもんです。」

その言葉に二人の若者は光秀公が!?と心底驚いている。三成は殺された相手と殺した相手なのにですかと疑問を口にし、幸村はよく許されましたねと感嘆している。

「光秀も信長も根本は変わらぬ。背景を失った今、何故争う。」

ああ、確かにお二方は時代を進めようと、戦国の世に抗おうと必死だった。やり方も望んだものも違っていたが、思いは一緒なのだ。その言葉を聞いて幸村が家康の方を向き直る。家康はまたぐっと構える。先程はなんとか助かったが、もう彼の槍を流せるほど体力は無い。ただ家康は焦っていた。しかし幸村は槍を振り上げなかった。

「私は貴方が憎い。利に生きる貴方を許すこともできない。ただ、貴方は天下をとっ
た。ならば皆が平和に暮らせる世を作り続けて欲しいのです。」

それはとても穏やかな声であったが、先程の切迫した思いがきっとその裏にはある。恨みが落ちない彼がそれでも折り合いをつけようと必死な様子を見て家康は深く頷いた。

「もちろんだとも。貴公の想い、確かに受け取った。」

そんな幸村を複雑な顔で三成は見ていたが、やがてふんと機嫌が悪そうに幸村の隣に出てきた。

「…これ以上、民のために、戦火を上げないでください。」

三成らしからぬ声と言葉に家康は驚く。彼は豊臣をこれ以上潰さないでくれというと思っていた。三成の中の忠義は秀吉に向っていて、その秀吉は民のために天下統一を目指していた所があった。三成が本当に取り戻したかったのは豊臣でもなければ秀吉でもな
くその先だったのかもしれない。

「ええ、これ以上火は使わぬと約束しましょう。」

ばつが悪そうな顔をした三成の背中を叩いてよく言ったぞ!と笑って褒めているのは秀吉だ。更に恥ずかしそうに顔を背ける三成を嬉しそうに秀吉は見る。

「家康殿、話は大体聞いておるんです。お疲れ様でしたなぁ。わしや信長様が出来んかったこと、やっぱり家康殿に託して良かったですわ。これで誰も戦に怯えることも無ければ、戦で死ぬこともない。そんな皆が安心して暮らせる世がようやく始まるんですなぁ。」

まるで秀吉は自分のことのように喜んでいる。生きていた頃から誰かが天下を統一しなければと彼は言っていたが家康は彼が築いたものをすべて壊してしまった。彼が事情を知っているというなら斬られても仕方ないと覚悟していたが、生前と同じく秀吉は誰かが統一すればいいという考え方らしい。

「ありがとうございます。貴公の分まで必ず、そんな世を作ってみせまする。」

秀吉と家康が固く握手を交わしていたところにすっと信長が歩み寄る。信長は一言、時間ぞと言った。

「あ、もうこんな時間ですか!早いですなぁ、家康殿はもう帰らんと!」
「やはり、たぬ…家康殿はこちらにはまだ来ておられなかったのですか。」
「さらっと家康殿の胃を攻めることをしたらいけんで、幸村。あと三成も後ろで親指を立てて幸村を褒めたらいけん!」

事情がまるで呑み込めない家康に信長が笑う。

「大きくなったな。信長を超えて、本当に大きくなった。」

その言葉が欲しかったのだ、と家康は思う。桶狭間で信長に励まされ(励まされたと気付いたのはそれから時間が経ってからなのだが)家康は必死に天下を取ろうとした。今川から決別し、信長を失い、秀吉のもとで戦い、三成や淀君を殺してまで走って来たのはあの時から時代より先を行くと決めたからだ。そしてそれが成ったことを今、かつての盟友から諭された。

「長かったです。時代を超え、新しい時代を作るのは本当に長かった。しかし、信長様や秀吉殿、三成や幸村を見て、まだ私にはやらねばならぬことがあることに気付きました。私はもう行きます。」

そのまま振り返りどこにいくわけでも歩き出す。後ろから秀吉のお気をつけて!という声を受ける。と、足を踏み出した途端足元が真っ暗になり、家康は目を閉じた。


目を開ければ、戦火に焼かれた大坂城と真田丸、多くの兵が見えた。ああ、やはり自分の居るべき場所はここなのだ。あの美しい場所にはまだいけそうにない。駆け寄って来た稲姫が殿?と心配そうな顔をしてこちらを気遣ってくれている。

「変わった夢を見たのだ。」
「どのような夢でしょうか。」
「皆が私を叱り励ましてくれる、優しい夢だ。よい天下を作れと言ってくれた。」
「まぁ、更に殿に頑張れというのですね。それならまずこの稲が殿の矢となりましょう。戦いは終わっても人間同士の戦いは終わらぬのでしょうから。それに父や半蔵殿のはじめ、皆殿のために命を尽くす覚悟はとうの昔にしております。」

逞しくそう言う姫を見ながら、家康は自分を支えてくれる存在を再確認する。そしてその細く白い赤子を抱くためにある手に持たれた武器も見て、ああ私はこの者たちのために命を賭すのだと、優しい娘にそうだな、と笑った。








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