どんな気持ちで銃を撃つ


鉄砲、というものは丁寧に扱わなければいけないんだ。それこそ女を扱うようにな。死んだ前頭領の言葉はいつしか孫市の信条となっていた。磨けば磨くほど、この鉄の塊は鈍く光る。この手入れが孫市は小さな頃からずっと好きだった。だから小さい頃は銃の練習以上に手入れに専念をし、叱られることこそ無かったものの次の頭領候補は銃が怖いのだと陰で随分悪口を叩かれた。そいつらが自分が狙った的に正確に玉を当てた時の顔と言ったら!今でもその顔を思い出すたびに孫市は可笑しな気分になる。

この手入れを孫市は政宗に教えた。銃、というものが戦場では使われるもののまだそこまで普及していない中、彼の独眼竜はそれを自分愛用の武器にしてしまった。政宗が戦場に出た後必ず手入れを一人で黙々と静かにしていることを孫市は知っていた。真夜中に訪ねるのも不躾かとも思ったが、沈んでいるであろう主人を励まそうと思い切って部屋を訪ねていけば政宗は何も言わず部屋に通してくれた。彼は黙って銃身を磨く。いい武器だろう、人を効率よく殺せるし何より人を殺す感覚が刀や槍よりずっと少ないんだ、茶化して笑う孫市に政宗は難しい顔でそうじゃな、とだけ言った。

孫市は政宗が実の父を撃ち殺していたことを知っていた。母からうとまれていたことも、その目が見えなくなったことも、人から聞いて知っていた。どんな捻くれた大名かと思って興味がてら会ってみたら、ただの若者だった。非常に勝気で、挫けても何度も立ち上がろうとする健気なただの青年だった。その頃孫市は雑賀の里を信長に滅ぼされた絶望から全国を当てもなく彷徨っていた。絶望でも好奇心は絶えぬものかと自分を嘲笑いながら、政宗に直接自分を雇うように言ったのだ。政宗は絶望から空元気の孫市を見るなり、哀しみ憎しみはさぞ不味いじゃろうなと言った。孫市は当時はそのような感情以外が心を動かさなかったものだから、腹を立てながらもそうだなとだけ言った。政宗は続けた。お前はそのようなものばかり食うて生きる気か。お前は一体何の為に生れてきたというのだ、馬鹿めと。孫市はその瞬間はっとした。自分より若いこの武将は自分の身に起きたことを知ってなお、生きろと言っている。自分では決して償えない罪を償えと言っている。救えなかった仲間を生きて救えと言っている。まだ戦えと彼は言っているのだ。孫市はその時久しぶりに世界の明るさに気付き、彼の青年を竜にすると決めたのだった。

政宗は今では銃の手入れも銃の使い方も孫市と同じくらい上手くなった。銃を使う以外にも政治でも国政でも彼は以前よりずっとしなやかに動くようになった。そんな政宗を見るのが孫市の幸せでもあった。しかし、孫市のその親心は政宗にとっては余計なものであったらしい。手入れをしている孫市の正面に胡座を掻くなり、どうしてお前はいつでもそうなんじゃ、と苦々しそうに言った。本人には決して言えはしないがこのような顔をする政宗が孫市は嫌いではなかった。むしろ善悪を判別しているような、悪を心底厭うようなその表情に敬意を覚えた。孫市にはそんな高潔な魂は無かったのだ。なんのことだと、すっとばかすと政宗はいよいよ腹を立てたような顔をして叫んだ。

「お前は儂のために友を殺したではないか!秀吉も慶次も兼続も幸村も、みんな儂が竜となるために、邪魔な人間はお前が撃ち殺してしまった!儂はどうやってお主に償えば、どうやって感謝すればいいと言うのじゃ!」

やはりその話かと孫市は思った。きっとこの優しい大名は自分の仲間である孫市が自分の仲間を殺してまで政宗を支えようとしている事実に納得がいかないのだ。確かに政宗と同じくらい他の皆も大切だった。政宗とは全く違った考え方を持った他の仲間に敬意も持ったし、好きでもあった。間違い無く共に泰平を生きたいと思った人間でもあった。しかし。孫市は思う。違うのだ、政宗とは違う。

「お前は弱いじゃないか。」

政宗は強くない。弱いのだ、必死で弱さを隠そうと、弱さに潰されまいと、強くあろうと、生きている。

「俺は弱い者の味方なんだよ。」

その姿が何より好きだったのだ。女好きの自分がこういうと変な感じがする。でも確かに、孫市がそう生きたいという生き方を政宗はしており、着々と強くなっていったのだ。

「弱いなりに必死で、自分を超えていこうとする、そうして竜になろうとする。俺はお前を救いたかったんだ。他の誰でもない、お前を竜にしたかったのさ。」

政宗はぽかんとした顔をした。自分が弱いと言われたことへの怒りか、素直な好意を恥じればいいのか、何から動けばいいのかわからないそんな複雑な顔を政宗はしていた。

孫市は微笑む。そうだ、そうして悲しいことも憎いことも呑みこめばいい。噛めば噛む程、消化していく。この世の不条理も何もかも。そしてその噛む能力は今で無くてもいずれ発揮される時が来る。その時に自分の不幸を思い出して笑えばいい。それだけの力が政宗にはあるのだ。政宗は息を吐くとすまぬ、とだけ言った。その姿が愛しくて、孫市はいいさと言ってまた笑った。





「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -