「ようこそ、サー・クロコダイル」 そう言って堅苦しく頭を下げた海兵を尻目にクロコダイルは船を降りた。抱えられた子供は、お決まりの歓声を上げることなく集まる視線にびくりと震える。 ぎゅうっと握られたベストがシワになるなと思いながら、子供ながらにクロコダイル好みのマニッシュな服装に身を包んだソルを抱え直す。この子供でも物怖じすることがあるらしいと葉巻を銜え、先導する海兵の後に続いた。 「食われやしねえよ」 強張った顔にそう言ってやれば納得行かないような顔でこくりと頷き子供はいよいよクロコダイルに顔を埋めるように抱きついた。数が多いからだろうかと、海兵が並ぶ通路を歩く。 葉巻をくわえ颯爽と歩く姿はいつもと大差ないが、その抱えているものに出迎えた海兵達は無言ながら動揺をみせる。なんだその子供。その場にいたものが思うことはこれだ。 クロコダイルとしてはその子供が海兵の物珍しさに歓声の一つでも上げるかと踏んでいただけに、子供がはしゃがなければその場に用はないと足早にあてがわれたであろう客間に向かうだけだ。 前を歩く海兵を無言でせっつき、漸くむさ苦しい花道を通り抜けた頃、子供がそろりと顔を上げた。 「クロコダイル、動物園は?」 ここがそうだと言えば、お気に召していない様子の子供は無言で肩を落とした。なんにでもはしゃぐと思っていたが、案外そうでも無いらしい。 「海軍は気に入らねえか、ソル」 「えっと…」 「おや、子供連れとは珍しいね」 「…おつるさん」 かつかつと館内を歩いていれば、不意に正面から声がかかった。先導していた海兵がびしりと敬礼をし、おつるがそれを下げさせる。その姿に、先程までしょんぼりと肩を落としていた子供が歓声を上げた。 結局のところはしゃぐんじゃねえかと呆れてその子供を見下ろす。 「人懐っこいねえ、クロコダイルの子かい?」 「…さてな」 機嫌が直ったらしい子供を床に下ろせば、海兵の真似をしてふにゃりとした敬礼を一つ。 「俺ソル!」 「そうかい、私はつるだよ」 目線を会わせるようにしゃがみこんだおつるも敬礼を返し、それが嬉しかったのか子供はきゃらきゃらと笑う。 まるで祖母と孫だなと葉巻の煙を転がしながらクロコダイルはその様を眺め、騒ぐ子供にそうかいそうかいと笑って相槌を打つおつるにやはり上手いもんだと要らぬ感心を一つ。 「ほら、クロコダイルが待ってるからもうおいき」 「はーい!」 促されて突進してくる子供をいつものように受け止め、ふわりと抱きかかえる。その手慣れた様におやおやとおつるは微笑ましく目を細めた。 「で、どうしたんだい、その子は」 「…さらっちゃいねえよ」 「あんたがさらうとは思っていないけどねえ…」 お互いに含みを持たせた声音にお互いがやれやれと肩をすくめる。 「まあ、可愛がってるみたいだから追求はしないよ。じゃあね、ソル」 「ばいばーい」 そう言って手を振りあう海軍の参謀と子供にやる気なく紫煙を吐き出し、それでいいのかと肩をすくめた。追及されたいわけでもないが、あっさりしたものだ。 「クロコダイル、探検したい!」 「怒られるからやめとけ」 手をつなぐには大きすぎる身長差に、コートの裾を掴んだ子供は大丈夫だと無邪気に笑う。 その顔を横目で見やりながら、関係性についてふと思った。自身の子供ではないのだが、いちいち関係を聞かれるのも面倒だ。そういえばこの子に親はいるのだろうか。いたところであまり関係はないのだけれど。 「クロコダイル、あれなに?」 「ありゃあ訓練場だ。近づくなよ」 「怖いとこ?」 「そうだ」 此処まで面倒みているのだから、自身の子供としてしまったほうがいろいろと都合がいいような気がしなくもない。しかしそれではこれを置いて行った鳥野郎が茶々を入れてきそうだ。そこまで考え、そのうち考えるとしようと考えることを終えた。 あれは?これは?と質問を投げかけてくる子供に律儀に応えながら、異様なものを見るような目を向けた海兵の背を蹴り飛ばす。きゃあ、短く歓声を上げた子供はそれすらも面白いらしい。 子供にしても悪くはなさそうだと、漸くたどり着いた部屋で一息ついた。 |