「うぇっ…ぐす…っ」

泣きじゃくる子供を前にサカズキは固まった。なぜここに子供がいるのだとか、連れてきたのは誰だとか、人の顔を見たとたん泣き出す奴があるかとか思うところは多々あるのだがいかんせん自身は泣き出す子供をあやす術を知らない。迷子ならば部下に押し付ければいいのだが、そもそも何と声をかけていいのかすら分からない。

焦りと困惑に眉を顰め、その小さい子供を見下ろしていればそれにすら怯えた様に子供がひくひくと嗚咽を零す。

「あー…」

どうしてこんな時に限って部下が通らないとか、そりゃあ子供受けするとは思っていないがとか、頭ばかりは働くのだがもんもんと泣く子供を見下ろし放っておくわけにもいかない現状に戸惑う。何か言わなければどうしようもないと、散々考えあぐねた挙句に、なんとも歯切れ悪く保護者は誰だと問いかけた。

「ぐすっ…くろこだいる…」

「あァ?」

しゃくり上げながら子供が言った名前に更に眉を顰めれば、いよいよ限界だったのか子供がわんわんと盛大に声を上げて思わず耳をふさぐ。随分な声量なのは結構なのだが、甲高い子供の声に慣れないサカズキにの頭はきいんとその声に痛みを覚える。

「くろこだいるー!どこぉー!!」

「ああほれ、連れて行ってやるから泣きやまんか!男がみっともないのぉ!!」

ぎゃんぎゃんと泣きわめく子供を強引に抱き上げ、金きり声をやめさせようと声を荒げれば怯えた様に黙りこくりまたぐすぐすと鼻をすする子供。

クロコダイルがこぶ付きだとは聞いていないが、このまま泣き叫ばれても困ると戸惑いながらもその頭を撫でる。力が強すぎたのかぐりぐりと掌に合わせて動く頭に子供が再びくしゃりと顔を歪め、慌ててその手を話した。泣くんじゃないと恫喝すれば堪えるように身を固くする子供。ああ、どうしてこういうときに他の誰かは現れないのだとサカズキは内心頭を抱えた。

「くろこだいる…」

「泣くんじゃなか、連れてってやるっちゅうとろうが」

クロコダイルならばそろそろ会議室にいるはずだともともとの目的地であるそこに足を向けようとして、かかった声に視線を上げた。眉間にこれでもかというほど皺をよせている男。愛用の葉巻の匂いがサカズキの鼻につく。

「ソル、どうして泣いている」

「クロコダイル!いたー!」

わあああ!とよほど安心できたのかまた耳元で泣き叫ぶ子供にめまいを覚えながらその子をやや手荒に下ろしてやれば泣きながらクロコダイルに駆けていく子供に、たった数分で随分な疲労を覚えたサカズキは手で目元を覆い深く息を吐いた。疲れた。途方もなく。

「苛められたか」

慣れた手つきで抱えられ、ぎゅうぎゅうとベストを握りしめる子供にクロコダイルが声をかける。その内容に失礼な奴だと掌で覆われていた視線を向ければ、それはもう久しぶりに見るクロコダイルの怒気に満ちた瞳とかち合った。何しやがった。音もなく動く唇がそう象り、何もしてはいないと首を振る。濡れ衣もいいところだこめかみが引き攣った。

いつもよりも鋭い瞳が雄弁に語りかける。子供を泣かせやがって。だから何もしていないと言って言るだろうと同じく瞳で返しても、無駄に喧嘩を売るわけではない男の何か言いたげな視線に衝動に任せ声を荒げようとしや瞬間、ベストに頭をこすりつけるように頭を振った子供に、二人の視線が動く。

「ぐすっ…クロコダイルがいないから、探してたら迷って」

「……」

「おこられると、おもって…ひっく…」

「ああ、それで泣き出したんか…」

はあ、と脱力したサカズキに向けられた視線が、若干可哀想なものを見るような色を含んでいることには気付かずに、サカズキは疲れ切った体を引きずるように足を踏み出した。ああ、わるかったな。いいや、会議に遅れるなよ。普段よりも覇気のない声をかけ、その会議が開かれる会議室へと向かう。その子供がどこのだれだという詮索をする気にもならなかった。

どうやら自分は子供が苦手らしい。

「海賊にも怯えやしねえのになあ」

その後ろ姿に謂れのない同情を受けていることに気付かず、会議室の戸を開けた。