サカズキの場合



「ぱぱ」

それは幼子が使うような愛らしい響きなど持たず、蜂蜜に砂糖を溶かし込んだような、喉に使える甘ったるさが耳障りな声だった。

「ねぇ、ぱぁぱ。おこらないで?」

情婦が色気で男を誑し込もうとするように首元に回されたしなやかな腕。ふわりと鼻腔をくすぐる香りは女のように甘くはないのだけれど、ざわりと腹の奥が蠢く。若く、形のいい唇が艶めかしく弧を描き、サカズキの耳元へ寄せられた。

「盆栽、割っちゃった」






甥っ子に誑かされるサカズキさん。サカズキの兄弟にあたる両親は死別し、唯一の肉親だったサカズキに引き取られた。寂しい幼少期から周りの大人に甘えることに特化する。しかしその甘え方が年々エスカレートしているのでサカズキさん(の理性)が限界。





スモーカーさんの場合


「...?」

にんまりと笑みを浮かべた青年が一人、無言でスモーカーも裾を引いた。ぎょっと顔を顰めたスモーカーに首をかしげたたしぎを青年は一瞥し、青年は至極楽しげに言ったのだ。

「パパ、そっちは新しいママ?」

「パ...っ!?」

一瞬でどこまで想像が膨らんだのか。赤面し、青年の戯言を鵜呑みしたたしぎは知らない。知らない方がいい事もある。

あんたは俺の親父かよ。

スモーカーはこの青年へ片思いの挙句、生来の面倒見の良さが仇となりスモーカーの心は告白する間もなく打ち砕かれたこと。その一言からスモーカーのあだ名がパパであること。一番タチが悪いのが、その片思いは継続中であるということだ。

そう、スモーカーの八つ当たりの餌食になりたくないのなら、知らない方がいい事もあるのだ。

「スっ、スモーカーさんお子さんがいらしたんですか...!?」

「あれ、聞いてないの?パパったら酷いなぁ、俺が邪魔になった...?」

「酷いですよスモーカーさん!お子さんがいるならなんで隠すんですか!」

「たしぎィ!てめぇもう黙ってろォ!!」

多分、知らない方がいい、はずである。





白ひげさんの場合


熱を煽って遊ぶのは、褒められた遊びではない。色を覚え始めた気娘のように無邪気に男を挑発する危うさを、同じ男ならば誰しもが理解するだろう。

噎せ返る色気を自覚しているからこそ悪質で、しかし今更隠せるものでもないらしい。

「っだー!!いい加減にしろよお前ら!目に毒!心にも毒!つまり体に毒!」

「そう言われてもねぇ...」

イゾウと連れ立って歩く男は、項を彩る後れ毛を鬱陶しげにかきあげながらはだけた着物をぱたりと煽いだ。イゾウも呆れたように顎をあげ首をはんなりと傾げてみせる。

ナースとはまた違う色気は俗気を感じぬ余りにどこか倒錯的で、熱気の溢れる長い航路ではまだ若い息子達をやきもきさせているようだった。

歯をむきだして怒鳴ったサッチは、とにかく服を着やがれと自身を棚に上げて叫んだ。それにゆるく微笑んだ顔すら、まるで見てはいけないもののような背徳感を覚えさせる。

「サッチのえっち」

「おれの!隊が!使いもんにならねぇの!!」

「サッチがえっち」

「なんで!」

オヤジ!と助けを求めてきたサッチの視線に肩を竦め、おいと呼んだ二人組は仕方なさげに目尻を下げた。

「どうする、イゾウ」

「オヤジに言われちゃァ仕方あるまい」

「イケズだねぇ」

そう言って来た時と同じように二人連なり歩いていく背を見送ると、不意にナマエがくるりと振り返りニューゲートを見上げて言ったのだ。

「夜は優しくしてね、パァパ」

ぎしりと、固まった男達にくつりと笑って二人は船内へ消えていった。