other | ナノ


▼ コウカイのヒ

「俺が死ぬとき、晴れてっといいなァ」

あの妙に甘ったるい匂いの煙草を燻らせながら、不意に空を見上げたメイが呟くように言った。

ちらりと視線を向けたリヴァイにへらりと笑って見せ、それっきり黙り込んでしまったけれど彼の視線は青々と広がる空に向けられたままだ。

煙が自由を求める様に空へ上り、やがて消える様を目で追いながらその向こうの雲の輪郭をなぞる。

その片手間、風に揺れる袖を鬱陶しげに払う姿も随分と見慣れたもので薄汚れた袖口にそっと眉を寄せた。

「今言う台詞じゃねぇな」

「そうか、そうかもな」

ろうそくの火に虫が集るように、足元の大樹の根本に群がる巨人を見下ろし煙草の火を揉み消しゆっくりと立ち上がった。

「ま、今日じゃないしな」

「だろうな」

犠牲は必要だ。頭で分かっていても、感情は幼子の様に駄々をこねる。

「俺が気を引く、リヴァイはさっさと団長と合流しろ」

「この程度で俺に援護が必要だとでも?」

「ばか、限りある主砲なら温存が基本だ」

「…知ってる」

あんたも主砲クラスだけどな、なんて軽口を叩く気にもならなかった。馬鹿みたいに湧いた巨人の群れから撤退の殿を引き受け、取り残された。

リヴァイとメイなら、リヴァイを生かした方が得策だと誰もが思う。どちらにしろ失うには惜しい戦力だが、天秤に掛ければ傾くのはリヴァイだ。

メイは隻腕で胸元をまさぐり、シガーケースを取り出すが空の中を確認すると片眉を上げてそのまま戻した。

「早く帰るか、煙草が切れた」

「ああ」

「……おい、リヴァイ」

「なん…っ」

ちゅう、と状況に似つかわしくない愛らしい音を立てた口元にリヴァイは目を見開いた。後頭部で髪を鷲掴みする手と唇で唇を食まれる感覚に声をだそうと口を開けることを咎められる。

随分と長く感じた一時は、呆気なく離された口元に唐突に終わった。

「悪い、口寂しかったんだ」

ぺろりと舐められた唇を呆然と見つめて、いたずらっぽい笑みを見た。湿った自身の唇を手の甲で拭い、舌打ちをひとつ。

「人を煙草代わりにしてんじゃねぇよ」

「だから謝ったろう」

「帰ったら、覚えてやがれ」

怖ェなァ、なんて笑ったメイが一呼吸置いて枝を強く蹴る。それに気を取られた巨人を見下ろし、リヴァイもまた強く枝を蹴った。

自身も彼も、残り少ないガスには気付かぬふりをして。








prev / next

[ back to top ]