「お前は、俺のもんだろうが」

だらしなくソファーに身を預けきっていた腹の上に乗り上げられ、二人分の重さに耐えかねたソファーがぎしりと悲鳴を上げた。

「…あァ?」

唐突に主張された所有権に眉をひそめれば、酷く不機嫌そうな眼差しが自身を穿つ。

「お前のモンになった覚えはねぇ」

そう言えばその目が飢えた獣のようにギラつきを孕み、顎をとられ強引に上を向かされ視線が正面から絡んだ。怒気と威圧と僅かな焦りつきを含んだ顔に見下される。

気だるさを覚えながらその目を見据え返し、何の用だと問えば落ちる無言。

顎をとる指先に、痛い程の力が込められた。

「俺が俺のもんっつってんだ、お前は俺のもんなんだよ、グレイ」

「てめぇに命はくれてやったが、それだけだ」

他までくれてやった覚えはねぇよと、グレイが言えばローの視線が剣呑さを増す。

音もなく、切り落とされた左腕。

「………」

「………」

一度左腕の行方を目で追って、床に音を立てて落ちたそれを意に介すこともなくただ無言で視線を絡めなおせば次いで右腕が落ちた。

腕が床に落とされた衝撃を感じていれば、後を追うように右脚が落ちる。左足、左耳、右耳、肺、心臓、肝臓、右眼球。

ぐにゃりと歪んだ視界に左目を閉じて、ローの手中に収まった右眼球で不格好なダルマになった己を見た。

閉じた左目が、まるで死人のようにすら思わせる。

「ロー」

死人が、自分の意志のまま口を開いた。

「俺の命だけじゃ、不服か」

ぽっかりと窪んだ右瞼をぼんやり見ながら、伺うことの出来ない死人に跨る男の表情を考える。考えるが、乏しい想像力では何も分からなかった。

「ロー」

その言葉を最後に、切り取られる舌。

「お前は、俺のもんだ」

反論は許さないと言わんばかりに見るも無残にバラされた体を眺めて、舌を失った口元が、無意識に笑みを象った。

まるで、玩具がほしいと駄々をこねるガキの様だ。

この男はきっと、欲しいと願えば願うままに与えられてきたのだろう。物の欲しがり方を知らない。強請るわけでも取り引きを持ちかけるわけでもない。ただ「俺の」だと主張をする。

まだあどけなさの残るこの男に出会って、軽い気持ちで酒の味を教えてやった。女の抱き方を教えてやった。夜の遊び方も人の痛ぶり方もポーカーの役もイカサマも、教えたのは俺だ。

妙なところで捻くれ、世間擦れしているくせに普通のことを知らないこの男が一体どんな環境で育ったかなどしるよしもないが、知りたいとも思わない。

惰性で消化していた命をよこせというからくれてやれば、このザマだ。

「誰にもやらねぇ、お前は、俺のもんだ」

安いスプラッタの死体のようになった俺の体に、それ以上何を求めるのか。

死体収集の悪癖があるわけでもなかろうに、馬鹿な男だと鼻で笑う。

腕がなければ、その縋る腕を掴み返すことも出来ない。目がなければ、お前の顔を認識することもできない。耳がなければ、お前の声も聞けない。舌がなければ、これ以上何を教えてやれるわけもない。

腹に伸し掛かる重さを感じながら、そういえばと思いあたった。脅し方は教えてやったが、強請り方は教えてやっていない。

ひくりと、揺れた腹に気がついたのか、ローが不機嫌さを顕に更に体重をかけた。

「寄越さねぇなら、奪うまで。お前が言ったことだったな、グレイ」

ひくりと、再度腹が震える。

「…ふ」

この世間擦れしていて無垢な男は、俺が教えてたことを素直に受け入れ吸収する。嘘は言わないと疑うことも知らずに、悪い事を悪いと知らずに、覚え身につけ実行に移す。

これじゃあまるで、お前が俺のモノみたいだ。

小さく身をよじり、舌を返せと口を開けば気配が緩く首を振る。伸し掛かる重さを振り落とすように身をよじれば、渋々と舞い戻った舌。

「目玉も返せ、ロー」

「………」

かしゃん、とパズルでも組み上がるように戻った眼球。馴染ませるように数度瞬いて、漸くローの顔を伺いみた。

不満げな、玩具が手に入らないとグズる顔。

「舌だせ」

「……」

素直に真っ赤に色付いた舌が、柔らかな唇を割って顔を出す。面白いまでの素直さに再度腹を揺らしながら、顎をしゃくれば屈み込む体。

吐息がかかる距離で差し出された舌に、返されたばかりの舌を合わせ、震えた体を咎めるように視線を絡めた。

咥内に誘い込み、伝い落ちてきた唾液ごと舐れば小さく溢れる吐息。

柔らかなそれをゆっくりと弄ぶように舐れば、ローの呼吸が上がる。リップ音を立ててその舌先に吸い付き解放しても、待てと命じられた犬の様に舌はそこにあった。

「今度は抱かれ方でも教えてやろうか、ロー」

腹を揺らしながらそう言えば、舌先を伝った唾液が銀糸を引いた。