「さみい」
ひやりと冷えた布団に目が覚めた。今晩はよく冷えるなと布団にくるまりなおしても元々がそう高くない体温では、保持する熱源がそもそも無い。冷え性の辛いところだと身じろぎを一つ。こすり会わせた足がひやりと冷えていた。
寒い気候の島になるとどうも人肌が恋しくなる。体温が高い人が羨ましい。暖房器具が備えられていない自室ではこれ以上の快眠は無理そうだと体を起こした。
体温が高い人物と言えばだ。
最近一人部屋をゲットしたメラメラしている末っ子の顔を思い出し、あいつなら追い出されないだろうと毛布を被ったままベッドサイドに脱ぎ捨てていた靴を履いた。
どこぞの不死鳥様を筆頭に、この船の乗組員は自身が寒さに耐えきれなくなっても平気で部屋から追い出すものだから、冬島に近づく度にしんどい思いをする。そりゃあ自身とてむさ苦しい野郎と寝るぐらいなら美人なお姉さんに暖めてもらいたいがナースの部屋に潜り込むわけにも行かないのだから背に腹は代えられない。雑魚寝はむさ苦しいので却下である。
「エースー」
こんこんと寝静まった部屋をノックしても、当然のように反応はない。草木も寝静まり不寝番も船をこぐ丑三つ時、船に響くのは海の波打つ音と誰かのいびきのみだ。
想定内の無反応にやれやれと肩をすくめ、取り出したのはピッキングツール。かちゃりと穴に差し込んで、かちゃかちゃと手慣れた手付きでいじくり回すこと二十秒。軽い音と共に呆気なく他者の侵入を拒むためのそれは開け放たれた。
するりと部屋に忍び込んで鍵をかけ直し、移って日が浅いというのに散らかった部屋の窓際にあるベッドへ足を向けた。盛り上がったそこにくるまっていた毛布ごと潜り込んでも気付かずいびきをかき続ける姿に寝首かかれたらこいつ死ぬなと物騒なことを考えながら毛布から腕を伸ばす。
ここまで寒いというのに相変わらず何も着ていない上半身に触れれば心地よい熱があって、冷えた手に触れられて初めてその体が身じろいだ。
逃がさぬように正面から抱きしめ、すっかり冷えてしまった顔をその胸板に押し付ける。これが女性ならばと欲は掻かずに、純粋な熱の心地よさに目を閉じた。
「…え、」
目が覚めたのか体を堅くしたエースを布団の中から見上げ、騒ぐなよと口元に指を添えてジェスチャーしてやれば狼狽えながら体を引き離そうと肩が押し返された。
「な、何してるんだよ!」
「さみいからさあ、エースに暖めてもらおうと思って」
ほれ、と冷え切った足を足にぴとりとつければ、ひゃっと小さく悲鳴が上がった。何その可愛い悲鳴と茶化せば潤んだ瞳に睨まれる。
逃げようと暴れる体を押さえ込み、うりうりと冷えた身体を押し付ければ引きつった声がやめろと叫ぶ。抱きしめてくれなきゃおにいちゃん凍死しちゃうと猫なで声ですり寄れば、う、と真っ赤になって末っ子が固まった。
「なあエース、あっためて?」
乱れた毛布を被り直し、むき出しの胸板に頬を寄せればじんじんと頬に伝わる熱。こいつ体温高いわーと温もりにほんわりしていれば、怖ず怖ずと肩に手を回された。いいねいいね、あったけえ。
はあ、とほぐれた冷えに息を吐く。寝れる。足も絡め取って、末端がじわじわと温もる感覚に脱力。
冷たい指先も温めようとエースに背中に腕を回そうとしたとき、びくりとその体が身じろいだ。
「っ、グレイ…」
「ん?」
毛布の中から見上げれば、薄明かりの中微かに息を荒げたエースと視線が絡む。言葉を続けないエースににっこりと笑って寝る体制を整えた。
「おやすみエース」
ぎゅう、と抱きつけばいきなりエースが起き上がり毛布を奪われ胸ぐらをつかまれた。へ、と間抜けな声が出ると同時にぐるんと反転する景色。
「…んのっ!」
どんばたがっしゃん!からからかららん。うるせえぞ誰だ!!
派手な音を立てて放り出された廊下でどっかから響く罵声をききながら、冷たい空気に激しく身震いした。
「エース!お兄ちゃんマジ凍死しちゃう!!」
お前も俺を見捨てるのかと、叫んだところで部屋から自前の毛布が放り出されただけだった。