「この木偶の坊!引っ込んでろ!」

「ぴゃあ!!」

蹴り付けられた背中が痛む。大時化で濡れた全身が重い。ずっしりと疲労に圧し掛かられすっかり晴れた空に甲板の片隅で蹲った。怒られた。また怒られた。ぐすぐすと鼻をすするが涙は啜れない。ぐすぐすぐすぐす。

「まーた凹んでるのか」

パサリと乾いたタオルが頭に降って落とされた。見上げなくても分かる。へらへらと笑って自慢のリーゼントを崩したサッチだ。

「…こんな木偶の坊で唐変木で役立たずで馬鹿で間抜けな僕なんて…」

「そこまで言ってないだろー、そんな凹むなって」

「サッチの優しさが勿体無いよ僕なんかにさ、隊長様と話すなんて恐れ多いっていうかこの船に乗ってること自体身の程知らずなんだよし死のう皆さようなら」

「わー待て待て!」

欄干に足をかければがしりと腕を掴まれ後ろにすてんと転がった。そうか死ぬことも出来ない屑野郎なのかと蹲ってぐすぐす鼻をすする。おやこんなところに抱きつきやすそうな体があるじゃないか。ぐすぐすぐすん。

「おーよしよし、夕飯おまけしてやるから泣きやめー」

「サッチぃぃー…」

ぎゅう、としがみ付いた逞しい胸板に頭を埋めおいおいと泣き喚けば大丈夫だってーと何が大丈夫なのかよく分からない実に適当な慰めの言葉が降ってくる。適当なりに慰めてくるのは彼だけなのだから存分に甘えてグレイはサッチに泣きついた。

「まーたやってるよい」

「サッチも後で慰めるぐらいなら怒らなきゃいいのに」

「二度手間が楽しいんだとよい」

「他の奴が慰めに言ったらこわーい顔するもんな」

やれやれと雨にずぶ濡れになった甲板を片付けながら、白ひげ海賊団は今日も平和である。