「レイさんって涙腺緩いなァ」
「年を取ると色々あるんだよ」
「ふゥん」
借り宿だったそれが海に沈んでいくのをぼんやりと眺めながら、初老の老人を見た。シャッキーさんがくすりと笑い、肩をすくめて俺を見る。そういうもんなのかねと感動も感慨も味わったことのない俺はシャッキーさんから貰った煙草に火をつけた。
約二年。あっという間だった。海軍と海賊のいざこざで家を失った俺が、借り宿と金をくれるからという名目の下レイさんに連れてこられ麦わらの一味の船に居座って二年。いつの間にか整形した同業者やへんなタコや妙なロボが守る中、俺も一応船を守るために戦い抜いた。
レイさんとはただのギャンブル仲間だったはずなんだがなァ。そうぼやいたのは、カードで負けたレイさんが賭け分の金を払えず、しがない人攫い業に励んでいた俺に掛け金ぐらいにはなるだろうから自身を売れという申し出をしてきた日だったと思う。仲間と言っても情も涙もない関係で、まあ、いいならいいけどと売り飛ばしてやればあれよあれよと話が変な方向へ飛んで行った。
そうか、あそこら辺で人生間違ったかと紫煙を吐き出す。
変なロボやら海軍やら昔話もどきやらに襲いかかられ巻き添えを食らう様に家も失い、借り宿を得る代わりに船の番までして、まあ襲ってきた奴の身ぐるみ剥いだおかげで新居を得るぐらいの金は溜まったのだが、釈然としねえと紫煙を口の中で転がす。シャッキーさんはキツイの吸ってるもんだから、残念ながら肺まで入れられない。
「夢と希望に満ち溢れる若ものかァ、いいねェ」
「君の歳も大して変わらないだろうに」
「俺は夢も希望もない若者だからさァ」
色の濃いままの紫煙を吐き出し、モンキーちゃんに着いて行けば良かったじゃないと笑うシャッキーさんに無理だよと返した。
「あァんな綺麗な奴ら、俺が汚すのは勿体無い」
「私から見たら、あなたも十分綺麗よグレイちゃん」
「そう言ってくれるのはシャッキーさんだけだねェ」
「若いのに勿体無い」
「うゥん、あいつらと比べたらそうかも」
勿体無いわよね、とシャッキーさんがレイさんに笑いかけ、未だに瞳を潤ませるレイさんがそうだなと小さく頷く。思わず泣けるほどの思い出かァ、と何かを思い出しているらしいレイさんに瞳を細め、なァんも目ぼしい物が無い人生に少し笑える。
そっかァ。煙草を銜えながら笑えば、おやおやと二人が首を傾げた。なァに、そんな顔して俺を見て。ふふ、とシャッキーさんが笑った。
「そんな物欲しそうな顔をするグレイちゃんは初めて見たわ」
「…そんな顔してた?」
「そりゃあもう。お宝を前にした海賊みたいだったわよ」
「そォお?」
船影すら見えなくなった水面を眺め、自分の頬をむにむにと触ってみてもいまいち分からなかった。そォかなァ。銜えたままの煙草から、燃え尽きた灰が自重に耐えきれずぽとりと落ちる。
風に流された煙が、目に染みた。
「そうだなァ、海に出てもいいかも」
「おやおや、寂しくなってしまうね」
「レイさん付き合ってよ、俺友達いないからさァ」
「あら、良いじゃない」
そう言ったシャッキーさんがニコリと笑い、またあなたの雄姿が見れるなら嬉しいわと囁いた。シャッキーさんたら男を乗せるのが上手いんだから。あら、あなたの為に背中を押してあげてるのよ。当事者を余所に広がっていく話にレイさんはやれやれと笑う。
「ね、いいだろ。海賊王とは言わないからさァ、つまらない人生に花を添えてくれよレイさん」
「…やれやれ、困った子だな。こんな老兵と旅してもつまらなかろうに」
「なんだかんだ付き合ってくれるレイさんだァい好きよ」
「ふふ、妬けちゃうわね」
まあ、ちょっと冒険に出るぐらいだぞとレイさんの笑みににやりと笑えばシャッキーさんが面白そうに笑う。ちょっとじゃ返してくれなさそうよ。そういったシャッキーさんはこの二年でよく俺の事を理解してくれたらしい。
「まあ旅に出れば仲間も出来るだろう」
「なァんか、親に友達作ってもらうみたいな?やっべェウケる」
「やれやれ…本当に困った子だよ」
「あら、お友達が出来たら紹介して頂戴ね」
もちろん、とフィルター近くまで燃え尽きた煙草を捨てて踏みしめた。口の中に残る煙草の味。麦わらの顔が脳裏をよぎる。お前も船を守ってくれたのか?ニシシ、ありがとうな!屈託のない奴だなと思った。あんなまっすぐに育てれば、随分密度の濃い人生が送れるに違いない。ぺらっぺらの俺には眩しく、うらやましい限りだ。
お前いい奴だな!仲間になれよ!そんなこと言われたのは初めてだった。冗談じゃない、俺はあんたに命かけれないよ。そう返してつまらなそうに頬を膨らませた顔は、レイさんから聞いた話を体験した人物とは思えなかった。
「白ひげとか、麦わらまでとはいかなくてもさァ」
「うん?」
「命張れるぐらいのモン見つけれたらいいんだけどねェ」
「…見つかるさ、君はまだ若い」
じゃあ、それに期待しようかねと俺は笑った。この二年で随分角が取れたものだなとレイさんとシャッキーさんが笑い、そうかなァと肩をすくめた。手始めに、カードでもどうだいレイさん。おや、海はいいのかい?軍資金を稼がなきゃ。そういえば困ったようにレイさんが笑う。
「君は歳の割にリアリスト過ぎていけない」
「身の程を弁えてると言ってほしいなァ」
そう笑いながら、踵を返せば夕飯は店にいらっしゃいねとシャッキーさんの声がかかる。はァい。船に居座っている間馴染んだシャッキーさんの味。両親がいたらこんな感じなのだろうかと少し笑った。
冒険もいいが、半年ばかり味わった家族ごっこも存外好きなのだと言えばあの二人はどんな顔をするのだろう。困った子だと笑って、受け止めてくれるだろうなァ。そう結論付けて、頬がにやける。
もう少し甘えてからでも、冒険は遅くないだろう?