「酔ってんじゃねえよ、グレイ」

「よっれないれすよお、すもーかーさん」

ふわふわした頭で、グレイがげらげらと笑いながらスモーカーの背にもたれ掛れば呆れたようなため息が漏れる。送って行ってあげなさいよ、ヒナ心配。どこか遠くでヒナの声がしたとぼんやり思えばグレイが握りしめたままだったグラスが奪われた。思わず抗議の声を上げれば渋々とグラスが返され、冷たいそれを喉に流し込む。えへへ、すもーかーさん。笑えばまた呆れたような声が聞こえた。

「久しぶりだからって羽目を外しすぎよ、ヒナ困惑」

「らっれ、ずっとあえなかったから。さみしくれしんじゃうかとおもっら」

「本当にスモーカーにべったりね、ヒナ唖然」

「うん、すもーかさんらいすき。ひなさんもすきらよ」

すりすりと背中に頬をすりよせれば広い背中が掛けた体重を支え、じんわりとジャケット越しに感じる熱にだらしなく頬を緩ませた。酒に呑まれた頭がぽかぽかと温かい。えへへ、とまた笑い声がこぼれる。ほら、と再度スモーカに渡されたグラスを受け取り、グレイはそれを煽った。

「グレイが潰れる前に帰るとするか」

「それがいいわ、ヒナ同意」

にこにこと上機嫌に顔を緩めるグレイを宥めながら、スモーカーが懐から財布を取出し数枚の札を取り出す。あら、気前がいいのねとヒナが笑えば、女や部下に出させるほどしけちゃいねえよとスモーカーが憮然と言う。ありがたくごちそうになるわねと、ヒナが伝票を持って席を立った。すっかり出来上がったグレイを立たせながら、別れの言葉に別れの言葉を返す。腕を肩に回させ、覚束ない足取りのグレイを誘導した。

会計を済ませたヒナがさりげなく入り口で待っていたのに手を振り、グレイもへらへらと手を振った。ごちそうさま、気を付けてね。お前も気をつけろよ。そのまま夜道を分かれた。

「すもーかさん、ろこいくんれすか」

「帰るんだよ。家まで送ってやる」

「えー、はなれらくないなぁ」

ぎゅう、と支えるために肩に回していた手に力がこもる。やれやれと何時もにも増して甘えたな弟分を一瞥し、スモーカーは街灯の少ない住居区へと足を進めた。肌寒い夜風が柔らかく髪を撫で、酒に火照った頬を冷ます。えへへ。酔っ払いが意味もなく笑った。

「すもーかーさん、とおまわりしましょうよ」

「しねぇよ」

「つれないなぁ、ひどいや」

ごろごろと喉を鳴らしながらすり寄る猫のように肩口に頭を摺り寄せ、グレイがすんすんと鼻を鳴らす。その頭をグレイの腕を捕らえる腕とは反対の手でぐりぐりと撫でれば、嬉しそうにグレイの顔が綻ぶ。普通に歩くよりも何倍も遅い足取り。鼻孔をくすぐる酒の匂いと葉巻の匂いとお互いの匂い。ふわふわとした頭のまま、グレイはぎゅうぎゅうとスモーカーに抱きついた。

容赦なく体重をかけてくるグレイに、幾分身長の負けるスモーカーは時折たたらを踏む。まともに歩けば20分と掛からない道のりをその倍近く掛けてじゃれ合う様に歩き、漸くたどり着いた玄関の前でグレイは酔った頭で少しのもの悲しさを感じながらポケットをあさった。目当ての鍵を手間取りながら探し当て、スモーカーがひったくるようにし玄関を開け電気をつける。

散らかっているわけでもないが片付いてもいない部屋の明かりをつけて歩き、抱きついたまま離れないグレイの肩を叩く。んー、と返答じみた声を出しながらも離れる気配のないグレイを強引にベッドに上らせ、スモーカーを屈ませてまで離れないグレイに苦笑する。

「グレイ、離れろ」

「やら」

「グレイ」

「やーら」

子供がいやいやとするように首を振るグレイに、手のかかる奴だとその頭を撫でた。煩わしくもあるが嫌ではないと案外面倒見のいい自身に驚きもするが、狭いシングルベッドに引きずり込もうと体重をかけるグレイに抵抗して踏ん張る。何度かじゃれつくように体重をかけてスモーカーを引き倒そうとしたが、漸く諦めた様にぽすりとグレイの頭が枕に沈んだ。

殆ど意識もなく閉じられた瞼と深い呼吸に、しょうがない奴だとジャケットを脱がそうとその肩に触れる。知り合ったばかりのころはスモーカーよりも低かった身長、細かった体。いつの間に成長したんだかと脱力し切った体を動かす。

慣れない動作に少しもたつきながら脱がせたジャケットを壁にかかっていたハンガーに掛ける。明日は二日酔いだろうなとその寝顔をもう一度見やって、気持ちよさそうな寝顔につられて欠伸がこぼれた。

「んー…」

なにかを探すようにベッドサイドを弄る腕に悪戯に指をさし出してみれば、あったあったとその指を握りしめられ思わず頬が綻ぶ。すもーかーさん。寝てまで自身を呼ぶ声に、スモーカーはもう一度欠伸を零した。くあ、と口を広げ襲い来る睡魔と共に未だ指を握りしめすやすやと眠る弟分を見やり、天井から伸びる紐に開いている腕を伸ばした。

狭いシングルベッドの骨が軋む。ジャケットを床に脱ぎ捨て、ベッドの持ち主を壁際に追いやりながら柔らかい其処に潜り込んだ。

無理やり動かされもぞもぞと身を捩る弟分は気にせずに、まどろむ意識に任せ瞼を下ろす。寝返りも満足に打てないような狭苦しい場所で寝る必要もないのだが、眠たいのだからしょうがない。

夜の肌寒さを誤魔化すように、すり寄ってきた体の熱を奪った。

おやすみと、囁いたのは睡魔か自身か誘惑か。