「久しいじゃねェか、ニューゲート」

「グラララァ…俺が旗揚げして以来か?」

「そうだなァ、甘ちゃんだったお前がいつの間にか四皇なんざ大層な呼ばれ方してんだ、時の流れっちゅうもんは恐ろしいね」

まったくだと、目の前の大男は笑う。変わらねえなあと釣られて笑った。

昔寝食を共にした男はすっかり老いてしまったが、それと同じだけ自分も老けてしまった。それでも不変だと分かる性格に、どこか安心してしまうのは歳のせいだろうか。

昔はなかった立派な髭、昔より増えた体に残る傷跡、変わらないまっすぐな瞳に思わず昔を懐かしむ。

「グレイも中々名を馳せてるじゃねぇか」

「お前に比べたら足元にも及ばねぇよ」

「よく言うぜ、アホンダラがァ」

波に揺られ、大きく船が揺れる。軋む船体に動じることなく酒を飲む姿は、長年の船乗りらしい風格が滲みでていた。懐かしいなあと目を細めて思う。あの頃の仲間たちは皆どうしているのだろうか。

家族が欲しいと、憚ることなく言ってのけた姿を思い出して酒を煽る手を止めた。

「戦争おっぱじめるんだって?死ぬ前に昔の仲間が恋しくなったか」

「まあ、そんなところだ。死ぬつもりはねぇがなァ、航路にお前さんがいると知って来ちまった」

「甘ちゃんらしいよ、家族の為に戦争おっぱじめようなんざ」

「グララ…家族ってのはいいぜ、グレイ」

だろうよ。男で、海賊のくせに聖母を思わせる笑みを浮かべた白ひげに笑う。つくづく海賊らしくない男だ。今も、昔も、いっそ清々しい程慈愛に満ちている。どうしたらここまで懐の大きい男になれるのか、晩年になった今でも甚だ疑問だ。

「ロジャーの息子なんだって?火拳」

「今じゃあ立派な俺の息子よ」

「海賊時代が懐かしいなァ。足洗ってから、楽しいドンパチもしなくなったし」

「昔のお前からは、想像もつかねえ現状だな」

「そういうなよ、クソガキ共相手の商売も楽しいもんだ」

くだらない昔話から、お互いの近況まで、つらつらと取り留めもない話が途切れず続く。ああだった、こうだった、最近はこうだ、どうだと、年寄りが縁側で話すような、どうでもいいことが途切れない。

酒を飲むより口を動かし、笑いあう。

懐かしいなあ、昔に帰ったみてぇじゃねえか。いや、昔はもった馬鹿話をしてたか。そう言えばお前が酔っぱらって海に落ちた時は拾い上げるのに苦労した。お前もよく落ちてたじゃねえか。それもそうか。俺は拾い上げてねえけどな。俺はあの頃みたいに宴をすることもなくなった。なら今度俺の船に来ればいい、宴を開こう。それもいいな、お前の息子たちにお前の間抜け話をしてやろう。

くだらないことを言い、囃し立て、茶化しあう。

二人して盛大に笑えば、扉の向こうで、社長と呼ぶ声がした。ちらりと時計を見れば調度昼時を過ぎていて、もうこんな時間かと、最後に見た時から大分進んだ針に少し驚いた。
月明かりの中、かの白鯨ではないいささか小ぶりな船で数人の息子を引き連れやってきた白ひげと話し込み、半日が経とうとしている。

瓶に残った酒を一気に煽り、目の前の男も戦争の準備があるのだろうと声をかけた。

「明日処刑なんだろう?早く帰ってさっさと終わらせてまた酒でも持って来い」

「グララララ…そうさせてもらうとするか」

邪魔したなと、椅子から立ち上がろうとする白ひげを眺めながら、おやおやと思う。机に残された酒は、昔ならば残すことなく飲みあげていただろうに手つかずのまま半分が残っている。

らしからぬ緊張でもしているのかはたまた何か別の理由か、甘ったるい匂いを放つそれは穏やかにゆらゆら揺れる。

「なあ、ニューゲート」

振り返った白ひげの顔をまじまじと見るが、そこにあるのは健康的な顔色だけだ。

「死ぬなら、どこがいい?」

「…息子に恥じない死に様なら、どこでも構やぁしねぇよ」

お前らしいなと笑い、見送るために甲板へ続いて出た。燦々と輝く太陽の元、部下と白ひげの息子たちがそこにいる。ちゃちな渡り板で繋がれた二つの船が、波に揺られながら寄り添っていた。

「お前は、死ぬならどこがいいんだ?」

息子たちをなにか眩しいものでも見るように目を細めながら、白ひげが言う。

「最近、よく考えてるんだがなァ」

どうにも答えが見つからんと答えれば、意外だと返答があった。意外か?ああ意外だ。そう言って先ほどまで息子たちへ向けられていた視線がこちらに向く。

「俺は戦場で死ぬんだと、昔はよく言っていたからな」

「…そうだったかァ?」

「グララララ、丸くなったんだろうなァ」

そうかそうかと笑いながらうなずき、白ひげはさっさと自分の船に帰って行った。こちらに頭を下げ、続いて乗り込む息子たち。ちゃちな渡り板はさっさと外され、悠々とこちらを眺めながら白ひげが笑った。

「今度はうまい酒を持ってきてやらァ」

「期待ないで、待っててやらァ」

そういえばと、小さくなる船影を眺めながら昔を思う。そういえば、昔はそんなことを言っていたかなと、若かりし頃の記憶を引っ張り出した。

「…戦争なァ」

小さな俺のつぶやきは、小さく燻る火種を残して海に溶けていった。