「脱がなくてもいいよ。あんた着たままの方がエロいから」

にやにやと意地の悪い性格を如実に表した笑みが無性に腹立たしくて、電伝虫を反転させた。

寛げたスラックスから覗くそれは、冷静に見ればマヌケなことこの上ない。始めは右手をそこに伸ばして柔く揉んでも、興奮しろという方が無理だと思った。

閉じ込められた無機質な部屋にぽつんと置かれたソファーと電伝虫。扉も窓も通気口も何も無い部屋から出たければ電話越しにセックスをしろなんてふざけた命令、それこそマヌケだと鼻で笑いたいところだというのに。

たっぷりと一日粘って見たが、苦渋の決断としてこの男に掛けたのはやはり失敗だったのだろうか。

「まだ扱くなよ、指先で撫でて、先っぽも、ゆっくり。焦らされるぐらいが好きだろ?」

「…っ」

低く掠れた声が、クロコダイルを賤しみ嘲笑うように囁く。

右手がそのまま、グレイの言葉に従うかのように、僅かに震えた形をなぞり指を這わせた。

電話越しに覗かれる自慰。その妙な背徳感と羞恥心に知らず知らず喉が鳴る。

苦し紛れに羞恥を軽減しようと左腕で口元を覆い隠したが、大して効果は無かった。

「どうなってるか教えてよ」

「……っ、勝手に、想像してやがれ」

ぐちっ。

右手で扱いたそれが一際卑猥な音を立てた。えー、と不満げな声を出す電伝虫にも聞こえたのかと思うと、頭が煮えそうなほど熱を持つ。

辱めもいいところだ。クロコダイルを辱めることを目的としているならば、悔しいことにそれは大層な成功と言えるだろう。

ああしかし、自慰とはこれ程までに物足りないものだったか。汗ばむほどに熱いというのに、腹の奥はもっともっとと訴えるように疼くばかりだ。

「すげぇぐちゅぐちゅいってんなぁ。ローション使ってる?それとも先走り?」

「は、うる…、せ」

狭い密室のせいか、独特の青臭い臭いが僅かに鼻につく。かすかに上擦った吐息がいやに水気を孕んでいるような気がして、しかし乾いた口内にごくりと唾液を飲み込んだ。電話越しで晒される自慰など無様で惨めなはずなのに、電話ごしの男の頭で自身はどれほど卑猥な辱めを受けているのかと思うと目の奥がじわりと熱を持つ。

「…っ…く」

ふうふうと息も荒く、先走りでぬめる右手で扱いていると腹の奥からせり上がる熱はクロコダイルの脳髄まで沸騰させるようだ。足りない。もっと、もっと欲しい。まるで男を誘う娼婦のように自然と膝が開き、尻に先走りが伝っていく。

「エロい声。今度俺の前でもして見せてよ」

「しね…っ!」

ぐちり。乱雑に扱いた快感に、びくりと腰が跳ねた。殺し損ねた吐息にか細い喘ぎも乗り、ひくりと背筋が震えて出したはずの熱がぶり返す感覚。足りない。もっと。

しかし響いた音にクロコダイルは荒い息を押しとどめた。

確かに壁だった場所に重苦しい扉が現れていて、クロコダイルはハンカチーフを犠牲に手早く身なりを整えた。「開いた?」「開いた」最後にそれを砂にした頃、電話越しに男がバネを軋ませ盛大なため息を一つ。

「この部屋でれたら、まずあんたを抱きたいよ」






「…この部屋?」

「なんか、悟りを開くと出られる部屋だそうで」

一生出られる気がしないんだけど、と困りきった声があまりにくだらなくてそのまま通話を切った。