"パーティー組みませんか"
そんな彼からのメッセージから始まった関係だった。目に見えない電波に乗せられて行うやりとりは、四角い箱越しの希薄なものだと思う。
キャプテンなんてHNの人は、まだマイナーなオンラインゲームでパーティーを組んだのがきっかけでやりとりしだした。
何気ない事から始まった割にパーティーを組んだらすごく盛り上がって、画面を眺める顔がにやけるぐらいにはおもしろい人だった。
だから何度か俺から誘って積極的にパーティーを組むようになって、生活リズムが似ているらしいこの人ともう日課のようにやり取りをしていた。最初こそゲームの話しかしなかったが段々と内容は増えて行って、学校のこと、バイトのこと、小さな悩みや彼女にフられたことまで、顔の見えない相手との会話がこんなにも面白いものかと驚いた。
最近、パソコンの調子が悪いんですよね
何使ってるんですか?
もう五年落ちの自作です。作ったのは兄なのでスペックはよく分かりませんけど
バックアップはとっておいた方がいいですよ
取っておきます。今度バイト代が入ったら修理持って行くつもりなんですけどそれまで持つかな
気合いだ
我が家は総じてヘタレです(`_´)キリッ
そこまで打ち込んで、熱落ちしたパソコンの唸り声に少しため息。まさにヘタレなパソコンだ。学生の一人暮らしではあまり余裕はないというのにどうしたものか。
今月はシフトが結構入っていたから少しは余裕があるだろうと踏んで、再起動したパソコンに向かい直す。
早速落ちました
wwwww
とりあえずバックアップは確保して、さくっと一度ドロップアウトしてしまったクエストをクリアしてうなるパソコンをシャットダウン。
そうしてそのパソコンは、二度と電源が入ることがなくなった。
「ロー…どうしよう」
「しらねえよ」
しっしと払いのけられる俺はよよよとその場に泣き崩れて本当にちょっと泣いた。次の日慌てて修理に持ち込み、更に次の日小難しい専門用語で説明を受けて見せられたら見積書の額に唖然としたのが昨日のことだ。
「よんまんえん…」
「苦学生にゃ厳しい額だな」
「取りあえず持って帰ったけど、俺どうすりゃ良いのさ…!」
やけに必死だなと、ポッキーをくわえながら大して興味なさそうなローのポッキーを箱ごと奪った。おれはプリッツ派だ。
いらっとした顔をして無言で取り返そうとしてくるローと無言の攻防を続ければ、身長で勝る俺が腹立たしいのか思い切り足払いを駆けられてずっこけた。馬乗りになってしたり顔でポッキーを奪うローが憎たらしい。
「バイオレンス!」
「ざまぁ」
「…なにしてんだお前ら」
ローに乗っかられたまま頭をそらせば、今日も頑張って逆立ててる赤髪が目に留まった。よおユースタス屋。そういったローが俺から奪還したポッキーをかじる。
「グレイがパソ壊れてネトカノと連絡取れねーっつって泣いてんだよ」
「は?ネトカノとかキメエ」
「ちがうっつーの」
容赦なく腹に体重をかけてくるローに潰されながら、また思い出して心の底からため息を一つ。ネトカノじゃないけど、ちょっと楽しみではあったのは言わない。
「…なに、ネトゲでもハマってたのか」
手頃な椅子に腰掛けてローの椅子となったままの俺を見下ろす閣下にうんと頷く。ぽりぽりとポッキーを貪るローは退く気がないと思う。
「そーよ。海賊オンライン」
「あ、それ俺もやってる。名前何」
「うっそ、俺はお頭。キッドは?」
「は、お頭?」
そうだけど?と首を傾げれば少し驚いた顔をしたキッド。なに、ギルドメンバーに居たかと聞けばいいやと首を振る。
「俺は…あー…閣下だ」
「はっ、そのままじゃねえか」
「黙れトラファルガー」
食い飽きたのかローがポッキーを一本俺の口に突っ込んだ。俺はプリッツ派だというのに。
ぽりぽりと寝たまま噛み砕いていけばじっと見つめてくるキッドと目があって、ふーんと、何か考えているようだ。
口に突っ込まれた二本目のポッキーを噛み砕いているときに、キッドがじゃあと口を開いた。
「俺パソコン買い直すから古いのやろうか。自作だけど」
「は、なんで」
「廃人のよしみ」
廃人じゃねえよと言えば似たようなもんだろと笑われた。いや確かに、睡眠時間削ったり授業さぼったりしてるけど。おまえはそれを知らないはずだ。だから言わないでくれ耳が痛い。
「下取り出しても自作は二束三文だからな、やるよ」
「…えー…」
「貰っとけばいいじゃねえか」
ローが最後の一本を口につっこんで漸く俺の腹からどいた。圧迫感が無くなった腹に漸く起き上がって、ぽりぽりとポッキーを貪る。
「タダは悪いだろ、流石に」
「あ?じゃあ帰り飯でもおごってくれ腹減った」
「おーけー」
ローも行くかと声をかければ用事があるからとさっさと帰って行った。じゃあなと声をかければおうと返事。相変わらずクールぶりやがって。
「キッド、何食いたい?」
「肉」
「うっわ、アバウトー」
そうだなーと首を捻れば笑う気配がして、視線を向ければにやにやと笑うその顔に何だよと言えばいいやと余計笑われた。
「明日にでも持って行ってやるよ。お前ん家どこ」
「こっから十分ぐらい」
「…近いな。一限あるとき泊めろよ」
「飯は持って来いよ」
そんなことをつらつら言い合いながらいつもよりちょっとお高い焼肉屋に入って、肉の取り合いしながら腹いっぱい食って、財布が軽くなった帰り道、キッドが言った。
「キャプテンが、寂しがってたぜ」
「は」
にやにやと笑いながらじゃあ明日な、と言ってキッドが格好つけた分かれ道、何お前キャプテンと知り合いなのかとは聞けぬままその後ろ姿は去ってった。
パーティー組んだことがあるのだろうか。俺もキャプテンも古株な方で、廃人には負けるがそこそこランクは上なのだからそれもあり得る。寂しがってだぜ、その言葉がぐるりとリピートされて、なんだか俺は少しだけ嬉しくなってキッドと反対側の道に歩みを進めた。
明日パソコンをセットしたら、まずキャプテンに連絡しよう。ああでも、キッドは中々帰らないだろうから明後日になるだろうか。とりあえずメッセージだけでも残しておこうか。
四角い箱越しの希薄な関係が、ちょっぴり形を持ったようで世の中不思議だなあ、と少女マンガよろしく夜空に呟いてみて、小恥ずかしくなって早足で帰ったのはここだけの話だ。