目覚ましが鳴るより少し早く目が覚めて、寝癖に跳ねた後ろ頭を掻いた。

その横で動く気配に目が覚めた恋人がまだ少し眠そうに目を瞬かせ、二人揃ってベッドを降りる。

「おはよう」

「ん」

一人が便所に行けば一人は顔を洗い、交代した頃に止め忘れた目覚ましが鳴った。生欠伸を零しながらフライパンに割入れた卵がじゅうじゅうと焼けて、その横で魚の切り身が美味しそうに焼き色を帯び塩を振っていれば、作りすぎた味噌汁が少し吹きこぼれる。

「ほら」

「ん」

二人揃って手を合わせて、二人揃った朝はいつもこんな始まりだ。

「そういえば、懐かしい夢を見た」

白飯を箸で掬いながら朝方見た夢を不意に思い出してぽつりと言うと、魚の身を解していたサカズキが視線だけをちらりと寄越した。

「新兵のころ、お前にいっつも海軍帽焦がされてた夢」

「...今更文句は聞かん」

「あ、文句言われる自覚はあったのか」

今更言わないけどと少し滾らせてしまった味噌汁を口に運び、懐かしいよなぁとぼんやりその目を細めて笑う。

「思えばあの頃の早起きは苦行だったし、書類作業に追われないし、この年まで生きているとは考えてなかったし、いつかお前に殺されると思ってたし」

「貴様がちんたらしちょるのが悪い」

「お陰で鍛えられたけど、あの時は本気で思ってたからな」

ふん、と鼻で笑ったサカズキは漬物に箸を伸ばし、それに倣うようにグレイもまた漬物を口に放り込んだ。

「いつまでも学習せんと焦がされよった阿呆は貴様ぐらいなもんじゃあ」

「止めなきゃやり過ぎるもんだから、逃げるのも良心がな」

「だから阿呆じゃ言うとる」

熱い茶を飲み干して、平らげた食器を流しに突っ込んで二人揃ってシャツに袖を通す。横で着替えながら、昔の制服も入らないだろうなぁと厚みの増した体を見下ろした。

「お前は細かったけぇの」

「教官に笑われたなぁ」

「ふん、あげなんに笑われる気がしれんわ」

「そういえばお前、あの教官嫌いだったな」

スラックスを履き、ジャケットのボタンを留め、コートを羽織れば身支度の完成。最後に放り投げていた二つの海軍帽を手に取って、つばの焦げたそれを自身の頭に、もう一つをサカズキの頭に置くように被せればサカズキの手が気に入るように位置を調整する。

「しかしお前との付き合いも長いな。老けるわけだ」

「安心せぇ、阿呆ぶりは成長しとらん」

「素直に若いと言えんのか」

靴を履いた玄関脇、グレイはサカズキの盆栽の横で咲き誇る薔薇を一輪手折り、刺を抜いてその胸元に差し込んで門を潜った。歩き出した道はいつもと変わらず、晴れ渡った空が心地いい。

「なんにせよ、殺されるどころか絆されるんだから人生分からんもんだ」

「こっちの台詞じゃ阿呆」

足音も声音も軽快に歩く二人の間で薔薇だけが、照れくさそうに咲いていた。