若い頃に比べると、随分と変化したものだと鏡を覗き込んで髭を摩った。

野暮ったくなったというわけでもないが、気がつけば中年特有のぼってりとした厚みのあるガタイとなってしまった。まだ女受けはいいと自負するものの、若い頃の身軽さというか、ハリのある瑞々しさがすっかりなりを潜めてしまっている。

「なんだァ?鏡の自分にでも見惚れてやがるのかァ?」

背後のバスタブに悠然と浸かり、縁に頬杖を付く恋人が面白そうに俺の背を眺めて言う。剥き出しの肌は赤味を帯びながら水を弾き、ちゃぷりと音を立てながら顔の水気を手のひらで払う様がなんとも気だるげで、色気があった。

「歳食ったなァって思ってよ」

中断していたシャワーで残っていた泡を洗い流し、ひたひたとタイルを歩めばだだっ広いそこで待ち構えていたかのように首を反らせて見上げた顔が笑う。この男はどちらかと言えば若いころとあまり変わらないように思えて、それでも記憶をたどるとやはりいくらかは変わったような気もする。

「そもそもお前、歳は幾つだよ」

「さぁ、数えてないしな」

ふぅん、と自身の記憶もたどっているのか少しだけ視線を泳がせ、ドフラミンゴは存分にスペースを余らせながら俺の体をたぐり寄せる。やはりこいつも、昔はもう少し線が細かっただろうか。それでも昔から変わらぬ傲慢な甘え方は猫でも相手にしているようでいて、少しだけ微笑ましい。

くたりと力の抜けた無防備な体を俺に預け、昔から老け顔だったなと妙な記憶を引っ張りだしたドフラミンゴは気だるげな仕草そのままに、俺の顔の水気を払い首元に頭を寄せた。

「そういやァお前の誕生日なんかも祝ったことねぇな」

「そうだなァ、お前のだけ祝ってればいいんじゃないか」

「この歳になって祝うもクソもねぇけどな」

風呂場の、妙に音の響く空間で無言が響く。水気を帯びた互いの肌が吸い付くように合わさりながら、天井に冷やされた蒸気が水滴となって湯船を叩いた。

「・・・じゃあ今年は祝うか」

思いつきでもって、明日予定でも立てるような気安さでドフラミンゴが言った。ちらりとその顔を見下ろすと、微睡むようなくつろいだ顔が指のささくれを気にして爪を鳴らしていた。

「俺の誕生日を?」

「そういう会話だったろうが。いつ祝うか考えとけよ」

「いつって」

「ゾロ目でも、語呂合わせでも、好きに決めりゃあいい」

それとも俺が決めてやろうかと、その視線がとろりと弛緩した甘さを持って弧を描いた。

じゃあ、と少しの思案の後、なんとなく思いついたそれに水滴が伝い落ちた髭を擦る。

「じゃああれだな、お前と出会った日がいい」

鳩が豆鉄砲を食らったような、虚を突かれたような顔は久しぶりに見たかもしれない。まんまると見開かれた目はいつもの悪意も覇気も忘れてしまったようで、しかしそれはすぐ子供のように屈託の無い笑みに変わってしまった。

「フフフフ!そんなクセぇ台詞どこで覚えてきやがった!」

「ベビー5に借りた小説だ。胸焼けしたよ」

「フッフッフッ!」

堪え切れないとばかりに笑うドフラミンゴに釣られて笑う。甘ったるい恋愛小説の主人公に愛を囁いた男は、どうやら主人公に出会った日に生まれたらしい。言ってる台詞は尻が痒くなるが、気持ちは分からなくもなかった。だからまあ、肖ってみようかと思っては見たが。

「でもそれだと俺は二十そこらになるのか。流石に無理があるな」

「ばァか、三十そこらだろ」

三十ならまだいけるか?と首を傾げると、無理だろうなァと恋人は至極楽しそうに笑い声を響かせた。