「俺、おまえの心臓なら食えるかも」
今日の天気の話でもするようにそう言いはなった男は、シーザーが持っているはずの心臓を物珍しげにライトにかざしていた。
ソファーに腰掛けながら本を読んでいたローは顔は上げずに視線だけでその男を様子見る。
「カニバリストか」
「難しい言い方しても分かんねえ。俺馬鹿だから」
シーザーの部下であるこの男は金で雇われた傭兵だと聞いている。粗暴な振る舞いからは確かに学があるようには見えないが、それよりも自身の心臓を前に物騒なこと言うなと眉をひそめた。
ここに来てからというもの、ローの周りをうろちょろとついて回っているこの男にシーザーは心臓だけでは警戒したりないのだろうと鼻で笑っていたが、最近では躰の良いさぼる口実に使われている気がしてならない。
向かい合うようにソファーで寛ぐ男は興味深そうにいろいろな角度から心臓を眺めている。
「なあ、俺の心臓も取り出せる?」
とんとんと心臓の位置を指で叩きながら唐突に男が言った。
何がしたいんだと少しばかり面倒におもったが、自身の心臓が握られているのだからと望まれるままにその心臓を取り出してやった。
「うわ、俺の心臓こんなのなんだ」
取り出した心臓をまじまじと眺めながら、へーとかすげーとか言葉を並べ立てる姿はまるで子供だ。
気は済んだかと声をかければ、ぽいっと投げよこされ思わず受け取とった男の心臓。なんだと見やればひらひらと掌が何かを寄越せと訴える。
「モネの心臓みせてー」
「…はぁ」
学が無いという割にちゃっかり代理を寄越す辺りが大人の対応だと褒めればいいのか。本にしおりを挟んで空いた手でモネの心臓を投げ渡す。
またふーんだとかわーだとか子供じみた声を上げながらローのそれとモネのそれを子供地味た瞳で見比べる姿に、昔蛙の解剖を嬉々として行っていた自分を思いだして、どうも小恥ずかしくなり誤魔化すように手元の男の心臓を眺めた。臓器に好き勝手に名前を付けていたのは今思えば忘れたい過去だ。
どくり、どくりとゆっくり力強く脈打つ心臓は、綺麗なものだ。長生きするタイプだなと漠然と思う。少なくとも心臓は弱くはない。ローより一回り大きな体格に合わせて心臓も一回り大きいことが余計にその力強さを感じるのだろうか。
飽きたのか満足したのか、唐突にぽいっと再び投げてよこされたモネの心臓を受け取り、何を思うわけでなくナマエの心臓を投げ渡す。
自分の心臓はさっさと本来ある場所に戻し、再びローの心臓をかざし眺める姿に飽きもせずよくやると小さく息を吐いた。
唐突に、ぱちりと視線が絡まっていたずらっ子のようにその顔が笑みをかたどった。
あ、と大きく開かれた口が、まるで肉にでも食らいつくようにその歯がローの心臓めがけ触れようとした時、反射的にその頭を胴体から切り離した。
ばさりと、本が乾いた音を立てる。
本と入れ替わりで手元に来た生首はにやにやと笑みを浮かべローを見上げるが、その体は心臓を握ったまま寛いでいる。
「…本気だったな」
「あんまり美味そうだったんで」
ぺろりと唇を舐めた男に悪びれた様子は微塵も見受けられず、ローは思うままに眉を寄せた。生きたまま心臓を食われてたまるかと悪態を一つ。
「じゃあ死ぬとき食わせて」
「てめえの近所で死ぬことはねえよ」
「そーお?」
ああでも、と手に収まった生首が笑う。少しばかり真剣みを帯びた笑みにローが視線を絡めれば、男の視線が舐めるようにローの顔を這う。
なんだとローが口を開く前に男がぺろりと再び舌なめずり。
「こうして見ると、心臓よりもお前の方が美味そうだ」
どきりと、大袈裟なほどに音がした。
それに気が付いたように笑みを深めた生首を反射的に無数のパーツにバラして放り投げればそこらかしこから響く笑い声。
未だ激しく脈打つ自身の心臓を奪い返し、怒られちまうと騒ぎ立てた体を蹴りつけた。
ばくばくと激しく脈打つ心臓が、自分のものであるというのにひどく憎たらしい。