俺は昔から集団というものが苦手で、組織だとか民衆だとか、そういったものから一歩引いてしまう癖があった。

馴染まない。息苦しい。俺は他とは違う。歯車の一部になりたくない。そんな高尚な感情じゃない。

俺は、多分、人が怖かった。

煙草の火種からくゆった紫煙が潮風に乗り頬を撫で、口内に残った紫煙を吐き捨てればそれすらも海に攫われていった。広大なまでの船の端、欄干に腰掛け悠然とした海を眺める。

気が付けばこの船も、随分と規模を広げた。昔に比べれば随分と見違えたものだと思う。同時にそうなるだけの月日、俺も歳をとった。ハリを失った手。古びてガタのき始めた体。

俺は若い頃から随分と変わったと思う。趣味も趣向も、歳月に合わせ少しずつ形を変えていった。しかしそれは世界も同様かと言えば、そうでもない。

ちんけな人一人が過ごす程度の時間では、巨大すぎる世界は目に見えるほど変わらない。技術的には幾らか進歩したが、それだけだ。

そう、変わらない。俺が恐怖した人間も、組織とか、集団というものも。

そして趣味趣向が変わり体が劣化するだけの歳月が過ぎ、様々なものを見ても俺の恐怖だけは変わらなかった。

俺は怖い。

どんな化け物よりも、人間が。

「何考えてるか、当ててやろうか」

背後にかかった声に、ちらりと背を振り返れば長年連れ添った戦友の老いぼれた顔。いらねぇよ。そう突っぱねれば兄弟分はグラグラと笑って酒を煽った。

「なァ、グレイよ、ここは俺の家だ」

「あァ、ここにいるやつらは皆お前の家族だ」

「そうだ、それで、テメェの家族でもある」

そうだろう、と欄干に肘掛た死に損ないは何かを言い含めるように細めた瞳で俺を見た。いつだったか、昔にもこんな事があった。まだ二人とも若く向こう見ずで、馬鹿げた夢を大口開いて語り合ってた頃だ。

「…家族ってぇのは、いいな、ニューゲート」

「ああ、イイもんだ」

「だが最近、恐ろしくなる時がある」

「………」

老人の目が、どんな色を浮かべたのかなど知りたくもなく視線を海へと押し戻す。

「俺達は老いた、ニューゲート。海賊としては上等すぎる程」

「あァ」

「お前が死んだとき、この船はどうなるんだろうな」

「……年を食ってからテメェは、答えにくい事ばかり口走るようになりやがった」

痛いほどの沈黙が、二人の間に降って落ちる。こいつも分かっているのだと分かってはいるが、こいつは案じてはいても恐れてはいない。俺とこいつでは恐怖の対象が違う。

だが、だからこそ俺は恐ろしい。

「てめぇは悪魔の実なんてもんじゃなく、命の泉でも探して飲むべきだったな」

「グララ…激励として受け取っておこう」

「冗談じゃねぇぞ、俺より先に死んだら殺すからな」

「なんだァ、てめぇがいるから心配して無かったんだぜ、俺ァ」

「勘弁してくれ」