セックスは嫌い。

性の臭いも、人に触れられるのも、生温い呼吸も、嫌い。

原因なんて分かってる。ガキの頃、ドラッグにハマりまるで狂った様に俺の上で腰を振る母親が今でも脳裏に焼き付く。フラッシュバックで、吐く、吐く。

無理矢理手を取られ刺される針。ぐにゃりと歪む蛍光色の世界と爆ぜる脳ミソ。笑い声と嗚咽と喘ぎと怒声と、そこまで来ればあとはなし崩し。

頭の中でドラの大合奏。大砲をぶっぱなし頭の中で誰かがとち狂って喚き散らしてる。割れそう。あは、蛆虫が湧いた。

薬チョウダイ。チョウダイ。ネ、チョウダイ。

舌の上で錠剤が踊る。傷口に蛆虫が頭を突っ込む。

あの針刺さなきゃ。あれ刺したらこいつら消えるから。こいつら潰しても潰しても沸いてくるんだ。早く消さなきゃ、早く、早くハヤク。

あはは、ははははは、あっははははは、はーあ。






「またか」

呆れた様な声が蛍光色の世界を切り裂いた。そこだけ真っ黒。胃液臭い。吐いたのかな。頭が痛い。ああ、まだ蛆虫が這ってる。ぷちり。

「ドフ、ドフラミンゴ、ドフィ、フラミィ、なァ、蛆虫がお前の面這ってる、ああ、お前の左腕は蛇だったのか、あは、なァ誰かが俺を指差して笑ってるんだ、殺さなきゃ、なァ」

「ああ、ああ、そうだな」

蛆虫の這う腕を取られ、うねうねと蠢く注射針が腕に向けられ頬が釣り上がるのが分かった。

「あは、あはは、なぁ、それはなんだ?アイス?コーク?チャーリー?なァ、なんだドフィ、ああ、どうした顔が真っ黒だ、はは、はははっはは!」

「ああ、ああ、そうだな」

ぷつり。糸みたいに芯のなかった針が蛆虫を押し退け静脈を刺す。白い液体が押し込まれ、笑いが止まらない。俺に触れた部分から、ドフラミンゴに向かって蛆虫の大移動。グラサンがぎらりと光ってみせた。

「なァ、なァなァなァ、でっけぇ目玉が俺を見てんだ、離してくれよ、殺さなきゃ、怖ぇんだぜ、血走って、女の手が生えてて、俺の首を絞めたがってる」

「…んなもん、俺が殺してやるさ」

「ああ、ああ、ドフラミンゴ、ドフィ、俺のヒーロー、お前がいればいいんだ。殺してくれよ、あの時みたいに」

俺の上で狂ったみたいに腰を振っていた女の首をへし曲げた時みたいに、俺を助けてくれよ。俺はセックス嫌いなんだ。女もクスリも注射も嫌いなんだ。ああ、嫌いだなんもかんも蛆虫が俺を喰らい尽くすクズ野郎にはお似合いな末路だああ誰か薬をくれいいやいまドフラミンゴがくれたお前も俺に注射するのかやめてくれよなぁドフラミンゴ俺のーーーー








重ねた唇から止めどなく溢れ出る狂言が途切れたことを確認し、ドフラミンゴはゆっくりと身体を起こしベッドに腰掛けた。打ち捨てた注射器に入っていたものはグレイが求める覚せい剤でもコカインでもヘロインでもない、ただの睡眠薬。

どこから手に入れたのか、シーツのシワに埋もれる錠剤を一つ摘みあげては窓の外にコインでも弾くように捨てる。波にのまれた錠剤を拾い上げることはないだろう。一つ、また一つと海に溶けた錠剤は、確実に人を壊す代物だとドフラミンゴは理解していた。

死んだように眠るグレイの頬を撫で、そっと唇寄せる。薬物独特の、鼻につく臭い。薬の回ったグレイはいつも女の幻影を見て、ドフラミンゴに殺せと頼む。それが誰か、ドフラミンゴは知っていた。

シワに隠れた錠剤も最後の一つ。弾くために親指に