「お前、まさか使いに行くとまっすぐ行ってまっすぐ帰って来てるのか」
呆れた、と言わんばかりの顔で湯呑を持ったまま固まった上司に思わず眉間にシワがよる。何を言っちょるんですか。当たり前でしょう。忌々しさを隠すことなくそう告げれば、やれやれと言わんばかりに竦められる肩。
「少しぐらいサボっても罰は当たらんだろうに」
「サボる暇があるなら鍛錬でもした方が余程有意義ですから」
「そこまで行くといっそ清々しいな…」
ワシらなら小一時間帰らん、と上司にあるまじき発言にぴきりと青筋が浮かぶ。ええ、知っちょりますよ、嫌という程。
「少しは力の抜き方を覚えんと、長生きできんぞ」
「長生きしたいとも思っちょりませんので」
「昨今の若者はどうなっとるんだ」
やれやれと言いたげに茶を啜った上司が、ほれ、と片手で書類の束を寄こし受け取る。書類の宛先を確認し、再び使いに行けということかと理解し片眉を跳ねあげた。
「少しはサボってこいよ。お前がおるとわしまでサボれん」
「ええ、直ぐに戻りますので遠征のご準備をされた方が宜しいかと」
「お前がわしに付けられた理由が良く分かる…」
元帥め、と嫌そうに零された言葉がちくりと何かを刺したがそのまま踵を返した。もうこの上司との付き合いも長い。怒涛の勢いで流れる日常の最中、時折こうしてゆっくりと流れ出す時間がサカズキは少しばかり苦手だった。
遠征遠征遠征、時折の帰還、遠征遠征、書類整理。
基本的に遠征部隊であるこの隊に配属されてから、自宅に帰ることも本部に寄り付くこともなくなった。サカズキが来る以前、隊の二つ名は鉄砲玉だ。行ったら行きっぱなし。
それは間違いなくあの上司のせいであるというのに、当の上司は悪びれた様子もなく部下を振り回す。付いていける部下の大多数は、良くも悪くもその上司の悪癖を楽しめる者ばかりなのだから始末に負えない。
遠征先から別の遠征へ指示を出す元帥も最早諦めているのだろう。ガープ中将といい、あの世代は自由がすぎる。
「あっれぇ〜、サカズキじゃないか〜い」
「ボルサリーノか」
「本部にいるの珍しいねぇ〜」
「用はなんじゃあ」
「いんやぁ、グレイ中将と別々なのが珍しいと思ってねぇ〜」
「くだ...なに?」
「別々だろ〜?グレイ中将さっき出てったよぉ?」
「...あ、んしゃあ...!」
ごぽりと手に持った書類がマグマに飲まれた。おっとぉ、なんて呑気にマグマを避けたボルサリーノを尻目にサカズキは足を踏み鳴らして踵を返す。
逃げた。逃げられた。確かに仕事の区切りはついたがしかし、逃げるか。寄り道どころか逃げるのか。
ふつふつと沸き上がる怒りに任せて執務室の扉を撥ね開けるとやはりもぬけの殻で、。