「俺さあ、思うんだよね」

「ほう、言うてみぃ」

マグマが、大地を焦がした。

初めて命がけの追いかけっこをしてから、もう何年たつだろうか。改めて見ればお互いに少しばかり老けたような気もするとグレイは思った。

あの頃とは大分海の様相も変わってしまった。同時期の海賊は数少なくなってしまったし、目の前の男も大分出世した。

そう懐古しながらも、目の前の気難しそうな顔の鬼のような表情だけは変わらないかもしれないと少し笑う。

「最近のルーキーってさァ、ぬるいっつーか」

「われも年寄り臭いことを抜かすようになりおったか」

「もうオジサンでしょ、俺ら」

じりじりと睨み合いながら、グレイが笑えばサカズキも笑う。不敵な笑みをお互い浮かべ、覇気を纏いながらも声音は穏やかだ。

「過激に生きたい俺としては、物足りないわけよ」

「ならここで殺されたらどうじゃ」

熱が辺りを焼き散らし、派手な音を立て、マグマが噴火する。それを面白そうに眺めながらグレイは大きく後退した。

「いつ見ても、お前の能力は派手でいいなァ」

軽い足取りでマグマを避け、ひらりひらりと宙を舞う。それを追うマグマもまた、グレイの服を焦がし、逃げ道を焼き払う。

光ほどの速さもなければ、氷ほどの間合いもない。だが圧倒的な破壊力を持ってマグマは襲い掛かる。いいねいいねとグレイが笑い声をあげた。

「俺ァお前のその過激さが好きなんだ」

覇気を纏い、一気に距離を詰めその顎を繰り上げる。確かな手ごたえに仰け反る体。咄嗟に中心をずらした反射神経に口笛で称賛を一つ。サカズキの視線はグレイを捕えていた。

マグマとなった腕が腹を狙う。それを地面に伏せるようにして避ければ続く追撃。転がり避ければ地面が溶けた。相変わらずの威力だと笑い、一旦間合いを取り直せば止む追撃。

じゃれ合いのような殺し合いは、相変わらずゾクゾクとした感覚を味あわせてくれる。ぺろりと、舌なめずりをして再び睨み合う。

「そういや、大将になるんだって?」

「知っちょったんか」

「大将になったら追いかけっこも出来なくなるなァ」

「安心せい。今、ここで殺しちゃる」

「わお、サカズキ大将かっこいーい」

じりじりと間合いを詰めながら、グレイが笑えばサカズキも笑う。いつからだろうか、こんな関係になったのは。

敵というには余りにも知りすぎた、と言ったところだろうか。

他意はなく似てしまった入れ墨が互いの襟元から覗く。グレイは梅、サカズキは桜。伝統的な絵柄は、まるで二人で揃えたみたいだと笑ったのも随分昔だ。

ぴりぴりとした覇気が辺りを支配する。サカズキがゆっくりと口を開いた。

「われが他のもんにしょっ引かれるのは気に食わん」

「おや、なんか嬉しいこと言ってくれてる」

「何年追っかけまわしたと思っちょる」

「負けず嫌いだよな、見た目のまんま」

じりじりと間合いを詰め、距離を測る。能力者ではないグレイにとって、サカズキに対抗できるのは覇気のみと言っても他言ではない。間合い一つが命取りとなる。

また、間合いが狭いサカズキにとっても間合いは命取りとなる。お互いがお互いを熟知した間合いまで、もう少し。

「俺はお前と追いかけっこがしたくて七武海蹴ったんだ」

「まだ席は空いちょるぞ」

「どうせお前と追いかけっこできないなら、入ってもいいかなァ」

強く、地面を蹴った。

覇気と覇気がぶつかり、揺れる大地と燃える周囲。グレイの服が焦げる。

派手な音を立てて行われる殴り合いは、追いかけっこの終盤ともいえる“お決まり”だった。人体の急所ばかりを狙う乱闘に、飛び散るマグマ。だがサカズキが繰り出す腕は人間のそれだ。

肘鉄が、グレイの鳩尾に決まる。せり上がる胃液を飲み込み、蹴り上げたわき腹に足がめり込む。喰いしばったサカズキの歯がぎしりと音を立てた。

「往生際の悪いやっちゃ…!」

「おえっ…ちょ、昨日の飯出てきそう…!!」

振りぬかれる腕がマグマと化し、グレイの頭を狙う。嘔吐きながらそれを避ければ吐き出された胃液がマグマに触れて音を立てて蒸発した。

あからさまに顔をしかめたサカズキをよそに、そのまま距離を取ったグレイが盛大に胃の内容物を吐き出す。胃液の臭いとアルコール臭に、サカズキの米神に青筋が浮かんだ。

「やる気あるんか…!」

「いや、ある、けど、ぅおええぇぇ…」

消化しかけの内容物を溶けた地面に吐きながら、ストップをかけるように手をかざす。普段ならば容赦なく追い打ちをかけるところではあるが、サカズキは切れそうな血管を抑えて大きく息を這いた。

長年追いかけてきた男の間抜けな部分は呆れるほど見てきたが、どうもここ最近は成長が見られない。

以前、捕まえたはいいが二日酔いで新品だった制服を吐瀉物まみれにしてくれた記憶は鮮明に覚えている。何を食ったんだと問いただすほど、あれは臭かった。おかげで捕まえた手を離してしまい逃げられた時は本当の意味で腸が煮えくり返った。

今回は不可抗力と言えばそうなのだが、普通は敵に待ったをかけないだろう。

緊張感のかけらもないと、舌打ちを一つ。

「あ゛ー…鼻に入った気持ちわりィ…」

「本当、今まで他の奴に捕まらんかったのが不思議でならん」

喉と鼻奥に詰まった吐瀉物に悶える姿に、サカズキはどうしてこんなやつを捕まえられないんだろうと眩暈を覚える。せめてもう少し、もう少しでいいからまともならば其れなりに格好も付くというのに。

「…他の奴との追いかけっこはつまんねェからなァ、すぐ俺が飽きちまう」

大きくせき込んで詰まっていたものが取れたのか、幾分すっきりした顔でグレイが言う。足元の吐瀉物から少しずつ離れるのに合わせて、サカズキも離れる。何度も吐瀉物まみれにはなりたくはない。

「海賊やってて一番の楽しみは、酒とお前だったんだがなァ」

「ふん、海賊なんぞと戯れちょる暇なんぞない」

「そーいいながら、実はお前も楽しんでるだろ」

グレイが笑えば、サカズキも笑う。

間合いは詰めずに、グレイが言った。

「昇格おめっとさん」

「海賊なんぞに祝われても嬉しかないわ」

「そういうなって」

グレイは笑って一歩、足を後退。

追うようにサカズキも一歩、足を行進。

一瞬で空気が張り詰め、裂けた。

「待たんか!!」

「やだね!!」

弾かれたように始まる追いかけっこ。

飛び散るマグマを避けながらグレイは笑う。若いころから続く追いかけっこのおかげで、逃げ足だけはどの海賊にも負ける気はしない。

「そのうち七武海入ったらよろしくなァ」

「入るこたぁならん!」

「やっぱお前が一番過激だわァ…あっつ!!」

被害はもう少し、拡大する。