ぎゅう、と不意を突かれ背後から無遠慮に回された腕に大袈裟なほど心臓がはねた。後を追うように鼻腔を擽る酒の匂いに、分かっていても勝手に体温が上がる。

「マルちゃァん、飲んでる?飲んでる?おら飲めクルァ!」

「い゛…っ!分かったから押し付けんな!」

がつ、と押し付けられたグラスと歯が当たり痛みに呻けば耳元でグレイがゲラゲラ笑った。はだけていた胸元と回された腕が触れ合うことに、生娘でもあるまいに意識が奪われる。グレイもまたシャツを羽織るだけのはだけた胸元が、薄いシャツ越しの背に押し当てられ思わず身をよじった。

「あァ!?逃げんじゃねぇよマルコの癖に!!」

それに気を悪くした酔っ払いが押さえ込もうと押し付ける体の面積を増す。ぎょっと跳ねた心臓を守るように肘で押し返せば、いい所に入ったのか今度はグレイが呻いた。ひどい、と溝落ちを押さえわざとらしく泣き崩れるグレイを睨むように見下ろせば不満げな視線が俺を射竦める。

「苦しいんだよい!」

「あ?おお、そうかそうか」

マルちゃんは優しいのがお好みかと酔っぱらいがニヤリと笑った。酔っ払いの悪乗りにムキになるような年でもないが、違う、と反射的に声を上げたところで漸く本日の助け舟がやる気なく声をあげた。

「てゆーかお前らちょーむさ苦しい。さっちゃんげんなり」

グラス片手にリーゼントを崩したサッチが、なぁ、と同意を求める様にイゾウに振る。確かにと首を振ったイゾウに、ああ?と不満げな声をあげたのはグレイだ。

「俺ァエリーのとこに行ってもいいんだぜさっちゃんよォ」

「やめて超羨ましいからやめて」

出てきた最近お気に入りのナースの名に、助け舟はあえなく撃沈した。

酒が入ると抱きつき魔。グレイの酒癖はすっかりお馴染みで、わかり易く下心のないグレイに、ナースすらもハグにハグを返す。曰く、甘えてくる子供のようで母性本能が擽られるとか。故にエリーに抱き着かれたらサッチのダメージは大きいのだろう。ついでに俺も。

しかしこの会話で意識のそれたグレイが握り締めていたグラスを煽ると、グラグラと頭上から笑い声が降ってきた。

「相変わらず甘えたじゃねぇかグレイ、俺がハグしてやろうかァ?」

「おお、オヤジィ、ハグしてくれよハグハグ!」

Hugu me!と高らかに両手を広げたグレイがオヤジに抱きついた。体格差がある分、まるで本当の親と子だ。周囲から羨ましさ半分、ノリ半分のやじが飛ぶ。

ぎゅうぎゅうと無遠慮なハグに、グラグラとオヤジが楽しそうに笑い、一緒になってグレイもゲラゲラ笑う。

むさ苦しいとは流石に言わなかったサッチが、うぅんと理解し難いと言いたげに首を捻った。

「女に抱きついて楽しいなら分かる」

「エリーに言ってやろ」

「やめて超やめて」

最近ただでさえ視線が冷たいのと焦ったサッチに、心配するなとイゾウが優しく微笑みサッチの顔が引き攣る。

「それ以前に相手にされてねぇよ、さっちゃん」

ぐさりと、言葉の刃が刺さったのはサッチだけでは無かったが。

「オヤジィ、愛してるぜェ!」

「グララァ、俺もだぜ馬鹿息子ォ」

そんな俺たちの存在など忘れ去ったように高らかに愛を叫んだグレイ。そんなに高らかに愛を叫んでみたいものだと、恨めしげにオヤジの首元に抱き着くグレイを見上げた。俺だけに抱きついてくりゃいいのに。

「…マルちゃーん、人一人殺しそうなツラしてますよー」

「その一人はお前だろうよい、さっちゃん」

マルちゃんが怖い、とわざとらしくイゾウの影に隠れたサッチを一瞥し、やれやれと放置していたグラスに口つける。いっそのこと、酔ったふりして殴ってやろうか。

ナース達の群れへと突っ込んでいったグレイを眺める視界の隅でイゾウが至極面倒臭そうに息を吐いた事は、面白そうにニヤつくサッチと共に見なかったことにした。