「うんうん、アィシテルヨーォ」

嘘にしたって、もっとまともな言い方があるだろうにと幼心に思ったものだった。

グレイという男はろくでなしだ。

にこにこにこにこ、人の良さそうな外面の割に中身は薄情で薄っぺらい。そんな男のどこがいいのか、グレイが連れてくる女はいつも違うし電伝虫越しの声もいつも違う。

「グレイ」

「なぁに、シャンクス」

揃いの赤毛が嫌で嫌でたまらなくて、それを言ったら次の日グレイの髪は茶色くなった。赤みかかった綺麗な茶色は、それはそれで似合っていたけど、赤毛の方が似合っていた。

俺を置いて、今日もグレイは女のところへ行く。俺が食ってるパンも、来ている服も、女から貢がれた物だ。俺は誰の腹から生まれたのかも知らない。なんで俺はここにいるんだろう。俺はいらない子なんだろう。

「不貞腐れたツラしてるなァ、俺の船乗るか?」

そう誘われたとき、二つ返事でついていった事に後悔はない。

「可愛い子ねぇ」

海を渡った先でもあいつ譲りの顔にあいつ譲りの赤毛は女受けが良くて、あいつがいつも女に言っていた台詞をなぞれば街娘娼婦問わず女は寄ってきた。

あいつの真似をするように女を侍らせると、クルーからは嫉妬じみた羨望の眼差しが向けられて少しばかり虚しくなる。うんうん、アィシテルヨーォ。その台詞だけはどうしてもなぞれなかった。

「愛してるよ」

あいつも誰かに、本気で囁く事があるのかと思うとひどく憂鬱になった。

「お前はいっつも寂しそうだなァ」

「船長…」

そんなことないよ、と首を振るとぐしゃぐしゃと髪を撫で回してロジャー船長は去っていく。だって、みんないるよ。寂しいわけないじゃないか。

「グレイ…」

俺の電伝虫は無口で、グレイのようにひっきりなしに女の声で泣いたりしない。男の声も吐き出さない。

ある日、殴り書くように番号を綴りカモメに渡した。酒に酔った勢いは怖い。けれど、差出人の名もない番号だけを綴った紙切れをグレイが気に止めないことも分かっていた。

今日も俺の電伝虫は無口だ。

「おーいシャンクス、手紙来てるぞ」

「え?」

カモメが新聞と一緒に持ってきた、ぐしゃぐしゃな紙切れ。手紙というよりはゴミじゃないか。そう思いながら受け取ると目に飛び込む殴り書かれた番号と、シャンクスへという文字。

驚いた。

驚いたと同時に、かけて来いと言われている様で少しばかり腹が立った。腹が立ったけれど、差出人の名がなくても俺だと分かったことが嬉しかった。

「…嬉しそうだな、シャンクス」

女か、と茶化すように小指を立てた副船長に首を振って、興味本位で奪い取ろうとするバギーを蹴飛ばした。なあ、俺はいらない子だったんだろう。その疑問を否定されたような気がした。

それからもずっと俺の電伝虫は無口だったけれど、一度だけ、ぷるぷると短いコールが鳴った。

すぐに切れてしまったコールは、出らずとも相手がわかった。グレイ。口をついた名に、バギーが首を傾げる。だって、あんた以外、仲間の他にこの番号を知っている奴いないんだ。おんなじ船で、わざわざ電伝虫は鳴らさない。

それから電伝虫が鳴る事は無かったけれど。

「シャンクス、手紙来てるぞ」

「え?」

それからいくつもの島を渡った先で、再び新聞と一緒に届けられたぐしゃぐしゃな紙切れ。興味津々で覗き込むバギーを殴って、覗き込んだ先には愛してるよと殴り書くように綴られていた。

愛してるよ、風邪引くな。

ぼろりと、唐突に頬を伝った熱に皆がぎょっとした顔で俺を見る。なんだよ。喉に張り付いた言葉は嗚咽にかき消され、オロオロしだしたバギーが涙に歪む。

覚えてる限り、初めてガキみたいに声をあげて泣いた。物心ついてから泣く事なんてなかったのに、初めて大泣きした。

俺、あんたと揃いの赤毛が自慢なんだ。あんたのいない夜は寒かったんだ。女の声じゃなくて、俺の声聞いて欲しかった。俺の事なんてすぐにあんたは忘れると思ってた。

俺、いらない子じゃなかった。

びいびいガキみたいに泣く俺を、船長は抱き締めてくれた。良かったなァなんて全部分かってるみたいに頭を撫でて、後で恥ずかしくなるんだろうななんて頭の隅で考える俺を皆があやそうと必死で馬鹿やってる。

涙で濡れた文字は読めない程に滲んでしまったけれど、どうだってよかった。

今日も無口な電伝虫は、それでも俺のそばにある。