「グラララァ、見事な逃げ傷拵えて帰ってきたじゃねェか」

「俺、オヤジの追い打ちかけたがるトコ嫌いじゃないぜ…」

背中を縦断する傷を庇いうつ伏せに突っ伏すグレイの居たたまれない表情に、お前にだけだとは言わず緩く微笑んだ。我が息子ながら、無謀が過ぎるこの男は死を恐れるような性格はしていなかったが、どうも心境の変化があったらしい。

昨夜、血塗れで這う様に帰ってきたグレイに大騒ぎだった周囲を他所に、グレイ自身は存外ケロリと死にかけながら笑っていた。正面から受けていたなら死んでいたであろう傷を背で受けたのは、不意打ちでも何でもない、自身の意志だという。

「個人的な喧嘩だ。白ひげの看板は出してない」

報復もいらない。怪我が治ったら自分でカタをつける。そう言ったきり、死ぬように眠りに落ちたグレイは自身と入れ替わるまで横で青い顔をしていたマルコの存在に気づかぬまま一夜を明かした。

そんな兄弟分の気も知らぬまま、一睡もしていないらしいマルコを追い出すとすぐに目を覚ましたグレイは脳天気なほどに笑いながら、生きてた、と零した。

生きてた。そう少しばかりの安堵を滲ませる顔にらしくないと首を傾げる。その視線に気付いたグレイは少しばかり視線をさ迷わせ、聞いてくれよと馬鹿話でもするように笑いながら言った。

「俺さぁ、海賊のくせにヤり合ってる時」

死にたくないなぁって、思ったんだ。

失敗談でも語るように笑みを浮かべた息子に、ほお、と相槌とも返答ともつかない声を上げれば息子はうつ伏せのまま枕に頬を押し当てる。

「実父が死に際に命乞いした理由、何となく理解はしてたんだ。それだけお袋に惚れ込んで、プライドよりも家族を取った」

「あァ、いい親父さんだ」

「だけどどっか人事で、俺は何があっても命乞いなんかしねぇ、戦って死んでやるって思ってた」

そこまでぽつりぽつりと独り言のように話したグレイが、言葉を探しあぐねる様に口をつぐむ。少しの間を開け、相打ち覚悟なら、イケたんだと拗ねた子供の様な言葉が続いた。

グララ、と自身の笑い声が静かに響く。そうか、そうだろうな、お前がただで獲られる訳がない、なんせ俺の息子だ。掛ける言葉はいくらでもあったが、どれも音にしてやるつもりは無かった。

「逃げ傷負ってでも、生きたい理由があったんだろ」

「…うーん、理由ってほどじゃないんだけどさァ」

泣くかなぁって、思った。

微笑むように、誇る様に苦笑し、誰が、とは言わずに独白地味た少しの独り言を聞かせるだけ聞かせグレイの瞼は閉じられた。

もとより死んでもおかしくない傷に、体力が持たないのだろう。気絶同様に意識を沈めたグレイの静かな寝息に耳を澄ませ、そうか、と音にはせずに呟いた。

死にたくないなぁって、思ったんだ。そう思うのが普通なのだと、この男が気付く事はないのだろう。誰だって死ぬのは怖い。ただ怖がり方が様々なだけで。

ぎい、と少しだけ開いた扉に視線を向けると、先ほど追い出したばかりのマルコがいた。聞いたか?悪戯に訪ねてみると、隈をこさえたマルコの目が気まずそうにさ迷う。

「ここまで来たら死にゃしねぇ。寝てきな、マルコ」

「…あ、ああ」

後ろ髪を引かれるように扉に背を向けた息子を見送り 、やれやれと誰に見せるわけでもなく肩をすくめ死んだように眠る息子を一瞥した。

「仲間が…家族が死んで泣かないやつも少ないだろうが」

惚れた相手なら尚更だろうなァ。

グレイの頬にかかる髪を払い、幸せ者だよと寝顔に笑う。お前はもう少し、生に執着した方がいい。みっともなく生に縋る必要もないが、無様に生き急ぐ若さでもないだろう。

席を外していた船医にあとを任せ、この島にもう少し滞在するかとグレイを気遣う息子たちに笑った。負けたままで気が済むような男ではないことは重々承知だ。カタぐらいは付けさせてやろうではないか。

「あいつのためなら、命乞いしてでも生きてぇなァって、思っちまったんだ」

せいぜい臆病に、胸張って生きればいい。