空の上の××× | ナノ


▼ 愛想不足

意外と柔らかな黒髪を指に絡ませるように撫でれば、酒に飲まれた男は意外と手に擦り寄って見せた。

珍しいこともあるものだと果実酒を注いだ杯を煽れば口内に広がる濃厚な甘さに唇をなめるが、膝元で寝息をたてる男は一向に起きる気配がない。

日頃は自ら寄ってくることすらしないくせに、一体どういう風の吹き回しなのかと酒に赤らんだ目元をなぞった。宴の中盤で切り上げ帰宅すれば扉の前で所在なさげに立ちすくんでいた男は、ナマエが家に招き入れてからもなにを話すわけでもなくどこか所在なさげにただ酒を煽った。その結果がこれだ。

「…ワイパー、床で寝るんじゃないよ」

あきれ半分、からかい半分にそう声をかければ黒いまつげがわずかに震えるが、返答らしい返答はない。狭い家だ。少し這えば寝床があるが、それすら億劫な酔っぱらいの気持ちもよくわかる。

動こうとしないワイパーはそのままに、さらに果実酒を舐める。今年の果実は特別甘く、発酵もよく進んだ様でアルコール度数も高い。ツマミがないのは片手落ちだが、滅多に見られそうもない寝顔を肴に酒を舐めるのも悪くはないなとナマエは喉で笑う。

噛み殺さんばかりの勢いで睨み付けて来るばかりの男が、どういった心境の変化でこうなったのかは知れないがからかい混じりにちょっかいをかけたのが良くなかったのかもしれない。あからさまになついたわけではないが、時折、思い出したように寄ってくるようになった。

普通なら嫌うか警戒するだろうにと、存外変わった神経をもつ男の耳元をくすぐる。猛獣でもあやしている気分だ。

「本当、普段からこうなら可愛いもんなのにな」

だが、これはこれで悪くない。牙を見せて唸るばかりの猛獣が自分だけに寄ってくるとは、なんとも言えない優越感がある。髪の流れを整えるように一撫でし、毛布でもとってくるかと腰を浮かせようとしたとき、ぱしりと床についた手が掴まれ動きが止まる。

何だ、と寝ていたはずの酔っぱらいに問うより早くに肩を押され倒れ混む体。押し倒されたなと天井を見上げれば、天井を遮り押し倒した犯人が視界を埋めた。

「…動じねえな」

酒に赤らんだ顔が不満げにしかめられた。驚いたんだ。態とらしい野郎だ。小さくやり取りを交わすと、ナマエを押し倒したままワイパーが押し黙る。

その顔を見上げ、やはり半端にちょっかいを出したのがいけなかったのだとナマエは思った。

敵意、対抗心、それらに準じる同族内での諍い。それらに臆することなく向かい合ってきたこの戦士にとって、あの程度の暴挙、それこそじゃれつかれた様なものだったものだろう。

馴れないじゃれ方をされて、それを何か別のものと勘違いしてしまったのだ。

「…ふはっ」

そこまで考えた自分がなんとも可笑しくて、吹き出すように笑うと覗き込んでいた顔が不満げに歪む。

「可愛いやつだよ、まったく」

心外だと言わんばかりのその顔を胸元に抱き寄せ、こめかみにキスを一つ。

意外にも大人しく収まったそれを抱えたまま、なんとも言えぬこそばゆさにしばらく、子どもを寝かしつけるかのようにそのまま床に転がっていた。

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