▼ 不意打ちは卑怯だ
同じ部族でも、反りが合わない、と思う輩は確かにいる。それはワイパーの場合、年上の人物に多いかもしれない。それも二つ三つ違う程度の、僅かな年上が如実だ。
ぎろりと寄越された視線に臆する事無く、ワイパーは腕を組みその視線を正面から受けるのが常だ。同族ゆえの確執というものは確かにあって、しかしそれはワイパーにとってさほど気にするものでも無かった。
幼かった頃は殴り合いの喧嘩に発展することもあったが、歳を食えば反りが合わない者同士の距離の取り方も覚える。ワイパーの場合、それは大抵相手が覚えるのだけれど。
「アイツ、ワイパーは少しモノの言い方を考えたらどうなんだ」
女子供が萎縮しているのが分からないか、と以前から反りが合わないと感じていた男の声が聞こえた。他愛ない、酒の席の愚痴。広場の一角で一部の男衆が集まっていることには気が付いていたが、横を通り抜けようと歩みを進めていると聞こえた苦言。
陰口か、とさして気にもせず止まっていた歩みを進めようとした時、続いた言葉に再び足が止まった。
「なぁ、ナマエもそう思うだろう」
ナマエ、とその言葉に心臓が跳ねる。ん?とやる気なく上がった声は確かにナマエのものだ。
「アレがこの先シャンディアの中心に立つなど、俺には考えられない」
「あー」
「和を乱しすぎる。確かに強いが、だが」
「そうだな」
知らぬ間に耳をそばだてていた体が、ぎしりと軋む。
そうだな。その同意が間違っていないことぐらいは自覚しているつもりだった。生意気、とはナマエにも言われた台詞だ。だがその同意が、嫌に心臓に突き刺さる。突き刺さったそれをどうすることも出来ぬまま、しかしいつまでもここに居ても仕方がないと立ちすくむ足を再び持ち上げようとした時、三度目の静止がかかった。でも。
「でも、俺、最近アイツ好きだぜ」
再度、言葉が心臓に突き刺さる。は、とワイパーを非難していた男が上げた声にナマエがもう一度、好きだぜ、と繰り返した。
「確かにまァ、中心に立つタイプじゃねぇけど、あれだ、先頭に立つタイプ?戦士らしくていいじゃねぇか」
見方を変えたら可愛いもんだと、ナマエが喉で笑う。酒に掠れた声が妙に耳に残った。
かっと頬が熱を持つ。好きだとか、可愛いだとか、冗談ではない。
冗談ではないはずなのに。
「そんなもんかァ?」
「そんなもんだって」
ふぅん、なんて、不満げな声音を背にワイパーは踵を返した。
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