空の上の××× | ナノ


▼ 女じゃあるまいし

「最近、どうしたんだ」

ぼんやりして、とかけられた声にワイパーが言葉を返すことは無かった。ぎろりと、言葉の代わりに向けられた眼光に思わず身を引いたカマキリは肩をすくめ離れていく。ぼんやり?俺が?睨んでおいて今更言葉の意味を咀嚼したワイパーが、馬鹿馬鹿しいと舌打ちを零し腰をあげた。






さあさあと、気持ちのいい風が吹き抜ける大木に腰掛け、ワイパーは何気なく森を眺めた。

今日の狩りは無い。暇な時間を持て余すように狩場へ足を運んだのはいいが、狩りをするわけでもなくただぼんやりと時を過ごす。今頃女衆が夕飯の仕込みをし始めているのだろう、集落からは風に乗って僅かな喧騒が聞こえてきた。

深く吸い込んだ紫煙を味わい、吐き出す。甘く焦げた煙草の匂いに混じり、噎せ返るような甘ったるい匂いに視線を頭上へと向けると視界に飛び込む派手な赤。

「……あ」

以前ナマエが齧っていた、甘ったるい果実。ぽつりぽつりと生った赤い果実が、ワイパーの頭上で風に揺れていた。柔らかな光を赤が弾き、何気なくワイパーがその果実を採ろうと腰をあげた時。

ちゃんと抵抗しなきゃ、食べちゃうよ

唐突に頭に響いた声に、ぱ、とワイパーが自身の口を手で覆い、果実から逃げるように視線を反らした。

まるであの時の羞恥が蘇ったかのように、ばくばくと心臓が早鐘を打ち始め、頓に顔へ集まった熱にワイパーは動揺を隠しきれない。

何をしているのだ、自身は。そう叱責したとこで頬の熱が冷めるわけでも、心臓が平静を取り戻すわけでもなかった。ばくばく、ばくばく。

普段からこうなら、可愛いもんなのにな

可愛いなど、馬鹿をいうなとワイパーは唸る。だがそれ以上に、思い出すなと自身を恫喝したい。思い出すな、思い出すな。こんなこと。

それでも口内に広がる甘い味を思い出し、ごくりと大袈裟なほどに喉がなる。ここまで来ると、何故、と自身に問う気にもならなかった。ちらりと見上げた赤い果実が、誘うように甘い匂いを撒き散らし、しばしの躊躇の後、ワイパーは意を決した様にそろりと指を伸ばしその実をもぎ取った。

かぷり。

歯を立てた甘い果実は、瑞々しくも口内にまとわりつく様に果汁を溢れさせ、咀嚼にあわせ甘い香りが一段と鼻腔をつく。

「…………甘い」

脳裏に勝ち誇ったようなナマエの顔がちらついて、唸るように果実を噛み締めた。




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